SNSで不妊デマ拡散 アフリカのワクチン事情に見る「丁寧な説明の大切さ」

スーダンの現地スタッフと写真に納まる川原さん(左上)
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記事 INDEX
- ワクチン不妊のデマ、SNSで拡散
- ポリオワクチンでも似た体験
- "日本らしい"支援とは
新型コロナウイルスのワクチン格差が解消しない。アフリカのスーダン、ザンビアで医療支援や学校建設などに取り組んでいる北九州市のNPO法人「ロシナンテス」の理事長で、9月にスーダン入りして帰国したばかりの川原尚行医師に現地の実情を聞いた。ワクチン接種で不妊になるというデマがSNSで拡散し、ワクチンを避ける若者が多いのだという。(写真はいずれもロシナンテス提供)
川原尚行さん

医師。NPO法人「ロシナンテス」理事長。九州大学大学院修了後、外務省入省。2002年に在スーダン日本大使館に医務官として着任。2005年に外務省を辞職し、スーダンでの医療活動を開始。2006年、ロシナンテス設立。1965年生まれ。北九州市出身。
ワクチン不妊のデマ、SNSで拡散
「コロナ禍よりも物価上昇が目の前の問題で、国民は日々のパンの値段の方を気にしています。役所や大学、病院にいる人たちはマスクをしていますが、街なかでマスクをしている人はまれです」。約1年半ぶりに訪れて目にしたスーダンの首都・ハルツームの状況をこう語った。
アメリカのジョンズ・ホプキンス大学の集計(10月21日現在)では、スーダンの新型コロナ感染者数は累計3万9839人。死者は3038人に上る。「公表されているスーダンの新型コロナ感染者は多くはありませんが、検査数が少なく、実態を反映しているかは分かりません」
新型コロナのワクチン接種も進んでいない。ジョンズ・ホプキンス大の集計では、接種を完了したのは全人口のわずか1.36%にとどまっている。
「国際社会の支援でワクチンは入ってきています。ただ、国民が素直にワクチンを受け入れるかが問題で、不妊になるといったデマがSNSで広がり、かなりの人がそれを信じています」
ポリオワクチンでも似た体験
ワクチンに対する忌避感について、川原さんはポリオ(小児まひ)ワクチンでも似た体験をしたという。
「WHO(世界保健機関)は2000年までにポリオ根絶宣言を目指しましたが、いまだ達成できていません。ワクチンを拒絶する人がいたからで、ワクチンの大切さを説明し、安全性を丁寧に説明することが大切です。ポリオワクチンでも不妊になるというデマが信じられていました。私たちがスーダンの村々を巡回診療したときも、丁寧にワクチンの効果を説明し、納得して接種してもらいました」
昨年、WHOはようやくアフリカで野生株ポリオが根絶されたと宣言。いまだ根絶できていないのはアフガニスタンとパキスタンのみとなった。
「コロナワクチンは人口の多い都市が優先で、地方でワクチンをうまく接種できているといった話は聞いていません。首都でさえワクチンは余り気味で、ワクチンの意義を丁寧に説明しないと、ただ供給するだけでは接種は進まないでしょう」
「スーダン政府もテレビやラジオなどで地道なキャンペーンをして、正しい情報を伝えようと頑張っています。しかし、SNSのインフルエンサーを使うとか、様々なメディアによる情報発信も必要なようです」
経済悪化による不安要素も
スーダンはアフリカ東北部に位置し、エジプトの南側に隣接する。首都・ハルツームはナイル川上流の支流「白ナイル」「青ナイル」の合流地点で、古くから水上交通の要衝として栄えた。
1980年代、宗教対立を発端に内戦が勃発。約250万人もの犠牲者を出すアフリカで最も長い内戦が続いた。内戦は2005年に終結。2011年にキリスト教徒が多数を占める南スーダンが分離独立した。
2010年代後半には急激な物価上昇や燃料不足などから抗議デモが激化。2019年、国軍がバシル大統領(当時)を拘束した。1989年から政権を掌握し続けたバシル氏は失脚し、今も暫定政府による統治が行われている。
「暫定政権は国の財政状況の悪化を理由に、小麦や燃料に出していた補助金を減らして財政再建に取り組んでいます。しかし、国の財政問題を理解している国民は少ないようです。バシル政権の方が良かったとまで言い出す人もいて、政権は難しいかじ取りを強いられています」
リモート医療に活路
コロナ禍により、日本人スタッフは全員帰国し、オンラインで現地スタッフに指示する活動に切り替えた。「活動地の北コルドファン州とつないだ難しいオペレーションにも成功しました。今後、遠隔医療にも挑戦したいと思っています」
北コルドファンの州都まではハルツームから車で約6時間。そこから村々までオフロードをさらに数時間の距離。周りは見渡すかぎり乾いた大地が広がる。
「15年前は村にひとつ公衆電話があって、交換手がストップウォッチで時間を計って料金を計算していました。それから携帯電話が登場し、今では村の有力者はスマートフォンを持っていて、フェイスブックでやり取りができるまでになりました」
「地方のインターネット通信環境はまだ不十分ですが、これから5年、10年でさらに進化するでしょう。医療をどうやってオンライン化させていくか、今から準備していくべきです」
"日本らしい"支援とは
川原さんは今回、計画中の事業を進めるためスーダン政府と交渉を重ねた。その一つが住民の飲料水の衛生化で、濾過(ろか)した雨水をためる給水塔を建設する計画だ。「政府の協力を得る話し合いはうまくいった」と言う。
北コルドファンに学校を建てる計画も進めている。「人材を育てることが大事で、育てた人材が実際に医療に従事してくれたら現地の医療は自立できます。現地の人が自分たちで医療をできるよう、地域医療を根底から考えてみたい」
そしてコロナ対策への支援も。保健当局の担当者からは密を避けながらワクチン接種を進める体制づくりやノウハウの提供も求められたという。川原さんも「移動できるワクチン接種チームをつくるとか、きめ細かな協力になるだろう」と語る。
スーダンの安定化と経済発展のためには、暫定政権が2022年をめどとしている民政移管が滞りなく実現されなければならない。
「私はアフリカをラストフロンティアだと信じています。そこと日本がどう結びつくのか。アフリカでのロシナンテスの活動を地元・北九州市と結びつけ、生かしていきたいと考えています」