福岡県川崎町、ふくらみ中。ーパンのまちー

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 作家・林芙美子の原点の一つは、筑豊炭田地帯で過ごした少女期だという。「一つ一銭のアンパン」を行商した経験が、のちの自伝的小説「放浪記」につながった。この頃のパンは「甘くてハイカラなおやつ」であり、炭鉱のまちとは相性がよかった。

 かつて「炭都」と呼ばれた福岡県川崎町は、町内にパン屋が一軒もない。この町が「パンのまち」と呼ばれるゆえんは、毎年10月に開催される九州最大級のパンイベント「かわさきパン博」にある。県内外から約50店のパン屋が一堂に会し、一日で2万人を集客する。町関係者は「町の人口を超えるお客さんを迎える特別な日です」と胸をはる。


 パン博の誕生秘話が面白い。話は2011年にさかのぼる。町観光協会の設立イベントをどうするか、関係者が頭を悩ませていた。シンポジウムは堅苦しい。それなら人を呼べるイベントにしよう。なにかの拍子でパンの話題となり、誰かがつぶやいた。「『ヤマザキ』春のパンまつり……。『カワサキ』春のパンまつり。語呂もいいねぇ」

 かくして駄洒落から、お洒落な「パン博」が誕生した。炭鉱時代に多くの移住者を受け入れてきた川崎町は、おもてなし好きで、にぎやか大好き。パン屋も、お客さんも「遠いところから、わざわざようこそ」と、歓迎する懐の深さがある。


 2012年の第1回は、予想を超える5000人が来場し、「あっという間にパンが売り切れ、残ったパンのお供の『ジャム博』になってしまった」と、当時の担当職員は苦笑いする。翌年は、一気に1万5000人に増えた。

 「パン屋さんファースト」を掲げるパン博で、パン屋に課される唯一のルールは、川崎町産の食材を使った限定パンを作ること。小松菜、いちじく、りんご、はちみつ、栗――。川崎町の味は、パン屋の想像を借りて、まだ知らないおいしさになる。


 福岡市の「治七のクリームパン」は、2026年のパン博で600個のパンを1時間余りで売り切った。川崎町産栗の渋皮煮で作った限定パンを求め、開場3時間前から会場外に列ができた。「ホクホクで、甘味もしっかり。ほかの産地とは全然違う」と、スタッフの野坂由貴子さんは太鼓判を押す。過去には、パン博で出会った川崎町産野菜のおいしさに衝撃を受け、移住したパン屋もいた。

 数年後には、「パンの道の駅」が開業予定だ。そこに向けて、小麦の栽培を始めたり、地域おこし協力隊員がパン作りの腕を磨いたりと、「パンのまち」の歩みは加速する。


 江戸っ子よろしく「宵越しの銭」を持たないのも、炭鉱時代以来の川崎気質の一つだという。物事に執着がなく、さっぱりとした人柄を「洒洒落落(しゃしゃらくらく)」と言う。「パンまつり」の駄洒落がお洒落になり、「洒洒落落」。やっぱり川崎町はパンのまちなのだ。


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【福岡県川崎町】公式アカウント「reborn_kawasaki」




発酵するまち KAWASAKI


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