市民公開講座「耳の悩みを解決します」

Sponsored by 第124回日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会 総会・学術講演会 PR

開会の挨拶に立つ中川会長

 一般社団法人日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会は5月20日、福岡市の福岡国際会議場で市民公開講座「耳の悩みを解決します」を開催しました。講座は、快適な聞こえ=快聴で豊かな人生を目指そうと、第124回日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会 総会・学術講演会に合わせて企画されました。難聴と補聴器の正しい活用法や高齢者の認知機能にも影響する耳鳴りとその対処法について専門の医師が解説し、対面参加した約230人が熱心に耳を傾けました。(司会は小川郁氏)

開会の挨拶

第124回日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会 総会・学術講演会 会長
九州大学大学院医学研究院 耳鼻咽喉科学分野 教授
中川 尚志氏

 補聴器は、つけてすぐに聞こえが改善されるものではありません。日本ではこのことが十分に理解されてなく、「つけてもうるさいだけ」など第一印象の悪さから、装用を諦める人もいます。このため、世界の中でも低い満足度です。講座では愛知医療センターの柘植勇人先生が、聞こえに関係する脳の機能と専門性の高い繊細な調整で、その人にあった補聴器にすることが大事なことなどを伝えます。

 耳鳴りで苦しむ患者さんは少なくありません。高齢化や社会環境の変化などで、耳鳴りに悩む人はますます増えると予想され、うつや不安、不眠、高齢者の認知機能への影響なども指摘されています。こうした中で2019年には国内初の「耳鳴診療ガイドライン」(日本聴覚医学会)が作成され、科学的根拠に基づく適切な診断と治療の普及を目指しています。今回は福岡大学耳鼻咽喉科の坂田 俊文先生が、耳鳴りのメカニズムや治療法などについて解説します。

講演1


「補聴器を活用して暮らしの質を高めましょう」

日本赤十字社愛知医療センター名古屋第一病院
耳鼻咽喉科部長
柘植
(つげ)勇人 氏


 補聴器の装用にあたって大事なのは、補聴器は眼鏡と違って「すぐに使いこなせるものではない」ことです。日本では「つけてもうるさいだけ」など第一印象の悪さから、世界の中で低い満足度ですが、つけ始めにうるさく感じるのは“当然”のことなのです。


 補聴器を最初から満足できないのは、脳の機能、つまり私たちは耳から入った音を電気信号に変えて脳で聞いていることによります。脳は必要に応じて環境に適応する可塑性(かそせい)という能力があり、静かな中では少しでも聞き取ろうと音に対する感度を上げます。難聴があるとずっと静かな環境に置かれて、感度が上がっており、感度の調整も難しくなっています。そこに突然補聴器による音が届くと、うるさく感じるというわけです。

 また、脳にはカクテルパーティ効果という働きがあり、自分に必要な音と必要でない音を潜在的に識別して意識しています。ザワザワした環境で会話ができるのは、この働きのおかげです。しかし、補聴器により聞こえの環境が変わると、この機能がすぐには働きません。このため、どの音が必要かを脳は識別できず、決して大きくない様々な音をやかましいと感じ、音に過敏な状態となります。

 しかし、安心してください。補聴器の装用を諦めることなく続けて、一人ひとりの聴力(難聴)にあわせた専門家による調整=フィッティングと、補聴器での聞こえに慣らすための訓練=リハビリテーションを行えば、聞こえを改善することができます。

 聞こえのリハビリは、▼補聴器を一日10時間以上つけて、様々な音を自ら聞きに行く▼ 我慢できない程の大きな音は調整する▼調整は1~2週間に一度の頻度で進め、早くても数週間、高齢者では数か月以上かかり、この期間中に補聴器の調整を段階的に変化させます。

 補聴器フィッティングは、専門性の高い繊細な調整だけでなく、機器の選択、生活状況に応じた提案などを含め、補聴器をその方の耳や聴力にあった適切な状態(適合)にすることです。そのためには、購入後も続けて▼調整した補聴器をつけて、聞こえ具合や言葉の聞き取りを測定▼ 調整した通りの音が出ているか、補聴器の出力を測定――することが必要ですが、日本では十分に実行されておらず、補聴器購入後の満足度が低い原因になっています。

 補聴器で聞こえが改善するか否かは調整次第であり、その満足度は補聴器の価格ではなく、フィッティングで決まります。また、難聴が両耳にあれば片耳より両耳装用の方が言葉の聞き取りが向上し、補聴器の耳に入れる部分は既成品よりその人の耳の型取りをして作る耳栓(イヤモールド)によってより満足度が高まることもあります。

 補聴器による音づくりには、資格を持った販売者の認定補聴器技能者や言語聴覚士、医学的に聞こえの状態や補聴器が適合しているかどうかなどを判断する補聴器相談医らが連携して取り組んでいます。相談医は、補聴器の活用または試す価値があると判断すれば、情報提供書を作成し、認定補聴器専門店あるいは補聴器専門外来を案内します。聞こえに不安を感じたら早めに耳鼻咽喉科など医療機関を受診して、補聴器を活用した豊かな生活を目指してください。

▶柘植先生の講演の模様はこちらから動画視聴が出来ます

講演 2


「耳鳴りはよくなります」

福岡大学 医学部耳鼻咽喉科 教授 
坂田 俊文 氏


 耳鳴りは周囲の音がないのに、キーン、ジー、ピー、ジャーなど不快な音が、耳や頭の中から聞こえてくる症状です。音の質や数、大きさはしばしば変化し、複数が同時に聞こえるという方もいます。有病者は人口の15〜20%と推定され、その中でも5分の1に相当する約300万人が生活上の苦痛を訴えています。


 耳鳴りが起きる仕組みには、脳の中でも聴覚脳のほか注意脳や感情脳が関係しており、音の感じ方を調節する高度な機能が関わっています。例えば、感情脳で好きと判断した音楽や声は、注意脳が注目して大きく感じます。一方、食べ物を噛み砕く音や呼吸する音などの体内雑音は、不要なものとして注意脳が無視するのでほとんど聞こえません。これらの働きによって、聞こえる音は大きくも小さくもなり、生活に不要な音には注意を外し、小さくして許容します。

 こうした中で、耳鳴りの90%は難聴が原因で起こります。難聴で音や声が脳に届かないと、聴覚脳は不足した音や声を補うかのように過剰に活動(過活動)を始め、このエネルギーが音となって聞こえます。これが耳鳴りの正体です。難聴がなくても、ストレスや睡眠不足、不安状態、精神疾患、慢性疼痛などが原因で過活動が起きることがあります。耳鳴りの気になり方は、注意脳が耳鳴りに注意を向ける頻度によって決まり、気にしすぎると苦痛が強くなり、さらに注意が集中するという悪循環に陥ります。

 治療は主に、自覚して3か月以上続く慢性耳鳴りを対象に、①.注意脳を操る②.聴覚脳を鍛える③.感情脳を癒やす――を3本柱にして行います。

 ①は耳鳴りが気になったら、自分の意思で会話や運動、趣味、仕事など、他の事柄に注意を向け、耳鳴りから注意を外します(認知行動療法)。ただし、ゲーム、ネット動画の連続閲覧など、長時間注意を向けて依存性が心配されるものは避けます。

 ②は音や声を届け、聴覚脳の過活動を目立たなくさせる音響療法(TRT療法など)と呼ばれる方法です。ラジオやテレビ、ノイズマシン、補聴器型のサウンドジェネレータなど、様々な器材で治療音を流したり、補聴器で言葉(音声情報)を届けたりして聴覚脳に仕事を与え、耳鳴りを生む過活動を超える活動を促します。

 ③は休息や睡眠のほか、マッサージやストレッチなどで体も脳もリラックスさせます。睡眠不足は耳鳴りの苦痛を増すので、不眠や不安が強いときは、精神科/心療内科の支援を受けると良いです。こうして感情脳を癒やせば気持ちに余裕が生まれ、苦痛の緩和だけでなく①や②が効率良く進みます。

 耳鳴りの完全消失は困難ですが、耳鳴りを持つ人の5分の4は耳鳴りと上手に共存できており、現在苦痛のある方でも正しい知識をもって対処すれば、耳鳴りを抱えたまま快適に生活できる力を備えています。また、耳鳴りのつらさはご本人にしかわかりません。周りの方は理解し寄り添っていただきたいと思います。

▶坂田先生の講演の模様はこちらから動画視聴が出来ます

閉会の挨拶


慶應義塾大学 名誉教授
オトクリニック東京 院長
小川 郁 氏


 難聴や耳鳴りは、外から見ても他の人には分からず、本人は声をかけられても聞き取れずにニコニコして聞き逃してしまう――こんな症状から「見えない障害」「微笑(ほほえ)みの障害」とも言われる聴覚障害です。日本は超高齢社会を迎え、聞こえに悩む方はますます増えると予想されます。


 近年は難聴と認知症やうつ病などとの関連を指摘する研究報告もあり、ランセット国際委員会は認知症の予防可能なリスク因子のトップに難聴を挙げ、難聴を放置しないことが認知症の予防になると指摘しています。

 こうした中で日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会は、「"Hear well, Enjoy life" – 快聴で人生を楽しく–」という標語を掲げ、その趣旨に沿った対策を強化しています。今回の市民公開講座が、人生100年時代を快聴で健やかに暮らす指針になることを期待します。

Q&A 当日の参加者からの様々な悩みに講師が答えました

補聴器の活用

Q:補聴器を始めるタイミングはいつがよいでしょうか?
A:仕事や家庭の状況などで、補聴器の必要性は異なります。年齢や聴力の数値ではなく、生活のなかで聞き取りに不自由を感じるようになったら早めに装用を検討してください。

Q:補聴器を購入する前に、家でのお試し期間はありますか?
A:あります! むしろ、貸し出しの試聴はなくてはならないと考えられ、補聴器専門外来では試聴(1~3か月)が普通になっています。販売店でも行っており、その店舗が認定補聴器技能者のいる認定補聴器専門店であることを確認してください。

Q:片方の難聴では適応になりませんか?
A:両耳と片耳では、雑音下の言葉の聞き取りに差があります。片側の難聴でも、補聴器をつけて両耳で聞くことは大きな価値があります。

Q:補聴器を選ぶコツ、基準は?メーカーによる違い・特徴を知りたい。
A:様々なメーカーがありますが、補聴器は進化していて基本性能に大きな差はありません。認定補聴器技能者に相談し、確かなフィッティングがされているかどうかを優先してください。

耳鳴りの対応

Q:.耳鳴りを起こしやすい人はいるのですか?
A:ヒトが聞くことのできる音の範囲は、加齢とともに狭くなり聴覚脳が過活動を始めています。こうした耳鳴り予備軍は、些細なストレスや体調不良などがきっかけで耳鳴りを起こします。

Q:なぜ耳鳴りは消すことができないのですか?
A:自分の脳が活動(過活動)する音なので完全に消すのは難しく、耳が健康な人でも静寂下では聞こえます。耳鳴りは永遠の脅威ではなく、順応する(慣れる)ことが大事です。ただし、持続的な拍動性の耳鳴りの一部には、脳の血管に関係するものがあり、脳神経外科/神経内科でのMRI検査が必要なこともあります。

Q:耳鳴りの音が小さくなりません。本当に良くなるでしょうか?
A:良くなることと大きさは関係ありません。耳鳴りの大きさや音質、回数を気にする必要はありません。

Q:耳鳴りが大きくなり続けています。どうにかなりそうです。
A:.耳鳴りが大きくなり続けることはありません。注意脳の働き方による錯覚でそう感じるだけです。気にならなくなると耳鳴りは良くなります。

Q:.耳鳴りを軽くする薬はないのですか?
A:即効性のある薬物はありません。不眠の方には睡眠導入剤、不安や苦痛が強い方には精神安定剤が適しています。耳鳴りは半年から数年かけて良くなり、時間が薬とも言えます。毎日の生活を上手につなげばゴールにたどり着きます。

▶柘植先生・坂田先生の講演の模様はこちらから動画視聴が出来ます

【主催】第124回日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会 総会・学術講演会
【後援】一般社団法人 日本臨床耳鼻科医会


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