<鉄路ノート>JR吉都線 黄金の秋へ絶景を駆ける

企画

霧島連山を背に走るJR吉都線の列車

 稲穂が色づき始めた盆地の中を、白いディーゼルカーが走っていく。背後には、雄大な霧島連山を望む。


赤く染まった彼岸花の横を進む列車

 JR 吉都(きっと)線は、吉松駅(鹿児島県湧水町)と都城駅(宮崎県都城市)を結ぶ全長61.6キロのローカル線。宮崎線として、1912年(大正元年)に吉松駅から宮崎県の小林町(現・小林)駅間が開通した。13年(同2年)に都城駅まで延伸。32年(昭和7年)に吉都線へ改称された。



 霧島連山の北側を回り込むように走る列車の車窓からは、高千穂峰を始めとした山々を楽しめる。全線でトンネルが一つもないことも特徴だ。

 2019年からは、沿線自治体でつくる協議会が「吉都線サポーター」を募集。現在は約1100人が登録し、魅力発信や駅周辺の清掃などを行っている。

(写真:木佐貫冬星)

<読売新聞 西部夕刊 2021.10.11~10.29 掲載>

今も響く汽笛の音

 「ポォーーッ!」。かつて鉄道の要衝として栄えた街に、汽笛の音が響き渡る。音の主は、かつて 吉都線を駆け抜けた蒸気機関車「C55 52号機」だ。


JR吉松駅横に保存されている「C55 52号機」

 国鉄時代、現在のJR吉松駅(鹿児島県湧水町)には、蒸気機関車の整備などが行われる機関区が併設され、多くの機関車が所属した。52号機もその一両で、1972年から約3年間、同線や肥薩線で活躍した。75年に引退後、同駅近くに保存されている。


汽笛を鳴らす「湧水汽車会」のメンバー

 当時の雄姿を知ってもらおうと、地元住民らでつくる「 湧水汽車会(わくわくぽっぽかい)」が、不定期に汽笛を鳴らす取り組みを実施している。大重忠文会長(74)は「一日中、街に汽笛が響いていた頃に思いをはせてほしい」と語った。



木造駅舎は大正の薫り


「青春18きっぷ」のポスターの撮影地にも選ばれたえびの駅

 大正時代に開通した 吉都線には、今も当時の面影を色濃く残す駅がある。水田が広がる盆地の中にたたずむ、えびの駅(宮崎県えびの市)だ。


開業当時の面影を残す木造駅舎

 えびの駅は同線が宮崎線として開通した1912年、「 加久藤(かくとう)駅」として開業。90年に現在の駅名へ改称された。吉都線で唯一現存する木造駅舎で、木枠の窓や土壁などが特徴だ。JR全線の普通列車に乗り放題の「青春18きっぷ」ポスターの舞台になったほか、映画「美しい夏キリシマ」のロケ地としても利用された。



 2014年に「貴重な駅舎を市民の財産として残したい」と市が購入し、国の登録有形文化財に指定された。現在は無人駅だが、住民らによる清掃活動が行われている。毎日花の手入れをしているという近所の上谷川一夫さん(69)は「学生時代に使った愛着がある駅。これからもずっと残ってほしい」と話した。

活躍の証し、ひっそりと

 JRえびの駅(宮崎県えびの市)から車で5分ほどの市歴史民俗資料館には、一枚の貴重なヘッドマークが眠っている。約20年前まで 吉都線で運行された急行「えびの」のものだ。


えびの市歴史民俗資料館の収蔵庫に保存されている急行「えびの」のヘッドマーク

 「えびの」は国鉄時代の1959年、準急として運行を開始。吉都線や肥薩線などを経由して宮崎―熊本間などを結んだが、2000年3月、利用客の減少に伴い運行を終了した。

 ヘッドマークはその翌月、JR九州がえびの市に寄贈した。直径約50センチで、紫で霧島連山、緑でえびの高原をデザインしているという。


運行終了間近の急行「えびの」(2000年3月撮影)

 同館学芸員の上谷川則男さん(70)は「現存しているものは、ほとんどない」と語る。普段は公開しておらず、同館の収蔵庫で保管されている。人目に触れることは少ないが、「えびの」のかつての活躍を物語る証しとして残り続ける。



曲に思い きっと届く

 「きっと会いに行くよ 僕らを乗せて今日も走る」――。軽快なメロディーで吉都線の情景を歌った「吉都線~夢を乗せて~」が生まれたのは、今から約10年前のことだ。


吉都線の「応援大使」としても活動するシンガー・ソングライターの大野勇太さん

 宮崎県高原(たかはる)町出身のシンガー・ソングライター、大野勇太さん(39)が作詞作曲した。大野さんは高校時代、通学で吉都線を利用。大阪を拠点に活動していたが、吉都線が2012年に開業100周年を迎えることを聞き、曲を作ろうと思い立ったという。


縁起の良いだるまの絵が入る駅名標。「きっと願いかなう」は大野さんの歌の歌詞にもなっている

 制作にあたり久しぶりに吉都線に乗ると、改めて沿線の魅力に気づいた。「ただの移動手段だった学生の頃とは違った目線で、景色を見られた」と振り返る。歌詞には、全駅の駅名と霧島連山などの沿線風景を盛り込んだ。

 大野さんは沿線自治体でつくる協議会から任命され、現在は吉都線の「応援大使」としても活動している。「曲を通じて、少しでも吉都線に愛着を持ってもらえればうれしい」と願う。



深夜に響く虫の音、見上げれば「満天の星」


ポツンとホームがあるJR広原駅の上空に、満天の星が広がる

 午前2時。最終列車もとっくに過ぎ去り、明かりが消えたJR 広原(ひろわら)駅(宮崎県 高原たかはる 町)から空を見上げると、無数の星が輝いている。あたりに人影はなく、虫の音が響く。

 月明かりが少ない夜、 吉都線沿いでは、満天の星を楽しむことができる。広原駅から三つ隣の 高崎新田(たかさきしんでん)駅(同県都城市)近くには「たちばな天文台」があり、台長の蓑部 樹生(たつお)さん(75)は「人家が少なく自然が豊かなので、空気も澄んできれいに見えるんです」と語る。


日中の広原駅

 星がきれいに見えるのは、霧島連山を始めとする山々に囲まれ、都市部の明かりが遮られることも理由の一つという。吉都線の魅力は、地上だけにとどまらない。



※ 年齢・肩書などは当時

動画(読売新聞オンライン)はこちらから

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