赤や黄色に色づいた木々の中を、豪華寝台列車「ななつ星in九州」が走り抜ける。濃いえんじ色の車体とのコントラストが印象的だ。
福岡県久留米市と大分市までの141.5キロを結ぶJR久大線の沿線には、由布岳などの山々が連なる。紅葉の季節は車窓からの眺めが人気だ。全国有数の温泉地・由布院を擁する路線でもあり、「ゆふいんの森」をはじめとする観光列車も運行されている。
近年は災害による被害が相次いだ。昨年7月の九州豪雨では鉄橋が流され、今年8月の大雨でも一部区間が不通となった。9月に全面復旧し、迎えた秋の観光シーズン。沿線の自治体や関係者は、久大線が運ぶ「にぎわい」に期待を寄せる。
(写真:木佐貫冬星、中島一尊)
<読売新聞 西部夕刊 2021.11.9~11.27 掲載>
「ゆふいんの森」一瞬の共演
静かな山あいにあるJR野矢駅(大分県九重町)は、普通列車だけが停車する無人駅だが、鉄道ファンにはよく知られた場所だ。
お目当ては、単線の久大線を走る観光列車「ゆふいんの森」。1日に1度、停車中の列車の隣を別の列車が通過する。深緑色の車体が一瞬だけ並ぶ光景は独特の美しさがあり、近くの住民は「休日には県外からも多くの人が見物に来ます」と語る。
一瞬並んだとき、先頭車両の乗客同士が笑顔で手を振り合った。わずかな時間の何げない出来事だったが、小さな駅が華やいだ瞬間だった。
無人駅を守る86歳「名誉駅長」
観光列車「ゆふいんの森」が並ぶ瞬間が見られるとして、鉄道ファンに人気のJR野矢駅(大分県九重町)。この小さな無人駅を守ってきたのが、駅前に住む名誉駅長の川野イエさん(86)だ。
長年にわたり駅の清掃をボランティアで続けてきたことが評価され、3年前にJR九州から名誉駅長に任命された。今も畑仕事の傍ら、週に数回は待合室のごみを拾ったり、駅舎周辺の草むしりをしたりしている。
駅を訪れる人との交流も楽しみの一つ。姿を見かけるとお茶を出し、自身で育てた野菜をプレゼントすることもある。「『駅がきれい』と褒められることもあってうれしい。体が動く限りは頑張りたい」と張り切っている。
華やかな車両に心躍る
赤や青など色とりどりの車両に、家族連れらが興味深そうに見入っている。11月3日、大分市の車両基地・大分車両センターで開かれた「トレインフェスタ」は、朝から多くの人たちでにぎわった。
久大線を走る列車は、カラフルな車両が多い。普段は作業員らが黙々と仕事に取り組む場所も、年に1度のイベントでは華やかな雰囲気に包まれる。
この日、見物客は車両に乗ったまま洗車機の中を通ったり、車両の向きを変える「転車台」での方向転換を楽しんだりした。
転車台を体験した大分市の男児(6)は「車両に乗ったまま回るのが楽しかった」と喜んでいた。
長旅癒やすホームの足湯
JR由布院駅(大分県由布市)の1番線ホーム端には、小さな東屋が立っている。中にあるのは足湯。JR九州内で、駅のホームに温泉施設が設置されているのはここだけだ。
約20年前、乗務員宿舎の風呂に使われていた泉源から引いた。約40度で、神経痛などに効能がある単純泉。切符売り場で足湯券(200円)を購入する。
ホームに出入りする列車を眺めながら湯を楽しめるとあって、観光客に人気だ。東京から旅行で訪れていた会社員陣内(じんのうち)英美さん(28)は「気持ちいい。旅の思い出になります」と声を弾ませていた。
SL眠った「扇」の遺産
扇形に広がる建物のガラスは割れ、廃虚のような雰囲気が漂う。鉄道輸送の主役が蒸気機関車(SL)だった戦前に建てられた「旧豊後森機関庫」(大分県玖珠町)だ。
扇形の機関庫で現存するものはわずかという。中には12台を収容するスペースが残る。手前にある円形の設備は、車両の方向を変える転車台だ。
JR九州が2003年に解体を発表すると、地元で保存に向けた機運が高まり、06年に町が購入。公園として整備され、町を代表する観光地になった。壁には米軍機による機銃掃射の痕が残り、平和学習の教材としても活用されている。
朝霧の里を列車が進む
久大線が走る標高450メートルの由布院盆地(大分県由布市)は、朝霧の名所として知られる。
由布市によると、前日との寒暖差が激しく、冷え込んだ朝に見られる。由布院盆地の観光スポット「 金鱗湖(きんりんこ)」や川の水温が高く、立ち上る水蒸気が霧になるという。
11月5日朝、高台から見える由布岳の周辺はうっすらと霧が立ちこめていた。田園地帯が幻想的な雰囲気に包まれる中、赤い列車が駆け抜けていった。
※ 年齢・肩書などは当時
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