【鉄路ノート】松浦鉄道 地域を支える暮らしの足

企画

夕暮れの海を背に走る松浦鉄道の車両

 佐賀県北部に位置する伊万里湾を赤く染めた夕日が、入り江の鉄橋を渡る1両のディーゼル車両を色づけた。有田(佐賀県有田町)―佐世保(長崎県佐世保市)の全57駅、93.8キロを結ぶ第3セクター「松浦鉄道」だ。

 「伊万里鉄道」として、1898年(明治31年)に有田―伊万里(佐賀県伊万里市)間で開業した。国有化などを経て1945年に現在の路線が全線開通。JR九州から87年に設立された第3セクターに引き継がれ、翌年から西九州線として再出発した。



 愛称は英語表記の頭文字をとって「MR」。玄界灘を臨む北松浦半島の海岸線や田園地帯、ビルが立ち並ぶ市街地と、車窓は刻々と姿を変える。それぞれの地域で、人々の暮らしを支える足となっている。

(写真:久保敏郎、秋月正樹)

<読売新聞 西部夕刊 2022.1.7~1.29 掲載>

陶磁器の街 見守る煙突

 第3セクター「松浦鉄道」の有田駅(佐賀県有田町)を発車すると、すぐに車窓から、陶磁器の街を代表する赤れんがの煙突が見えてくる。有田焼の窯元から伸びているものだ。


「陶磁器の街」有田駅に向かう車両

 約400年前に始まったとされる有田焼。17世紀後半から海外へ輸出され、その後の不況や戦争といった歴史を乗り越えて技術と名声を高めてきた。



 線路そばの「藤巻製陶」には、昭和初期に建てられた石炭窯用などの煙突が計4本ある。一番立派な円柱煙突は高さ10メートル以上。火鉢などの大物用の窯で、建てられた当時は黒煙をたなびかせていたが、燃料が石炭から重油、ガス、そして電気となり、煙は出なくなった。


クリスマス時期になると煙突に付けられるサンタクロースの人形

「今でもいい看板になっている」。同社の担当者はそう胸を張る。

走り続けた先に


大学駅で下車して大学入学共通テストの試験会場に向かう受験生ら

 長崎県立大佐世保校(佐世保市)の最寄りにある「大学駅」。ホームには合格祈願の絵馬をイメージした駅名標があり、待合所には駅近くの飯盛神社から分霊した神棚もまつられている。



 日頃から県立大の学生が数多く利用するが、この時期は受験生でもにぎわう。1月15、16日には県立大で大学入学共通テストが行われ、参考書などを手に、この駅から試験会場に向かう高校生も。駅を利用した佐世保西高の生徒(18)は「第1志望の大学を目指して最後まであきらめずにがんばりたい」と話した。


大学合格祈願切符


 松浦鉄道は「大学に入る」と縁起を担いで、大学駅の入場券7枚とお守り袋がセットになった「大学合格祈願切符」(税込み1120円)を、佐世保駅(同市)など有人7駅で販売している。

アガるつり革にぶら下がる


つり革にぶら下がる、アジフライそっくりの食品サンプル

 揚げたての香ばしさが届いてきそうだ。車内のつり革にずらりとぶら下がっているのはアジフライ。食品サンプルだが、衣の質感まで本物そっくりだ。



 沿線にある長崎県松浦市の松浦魚市場は2019、20年とアジの水揚げ日本一。市は「アジフライの聖地」を掲げ、松浦鉄道と協力してPR車両を走らせている。「アジフライの聖地 松浦」のヘッドマークが付けられた車両が4両あり、うち1両にはつり革にアジフライが並ぶ。


車両のヘッドマークにもアジフライがデザインされている


 「とてもリアルにできていて、見ているだけで食べたくなってきました」と乗車した同県佐世保市の会社員女性(61)。乗客の顔が自然とほころぶ。松浦市の担当者は「おいしいアジフライを松浦鉄道で食べに来て」とアピールした。

「竹筋」アーチの文化財

 松浦鉄道の「福井川橋梁(きょうりょう)」は、吉井―潜竜ヶ滝(せんりゅうがたき)駅(いずれも長崎県佐世保市)間の山あいにある。1942年に完成したアーチ橋で、長さは約79メートル。鉄筋の代わりに竹を骨組みにした「竹筋コンクリート製」といわれる。2006年には国の登録有形文化財となった。


「竹筋コンクリート製」といわれる福井川橋梁

 建設当時は戦時中。佐世保市教委文化財課によると、鉄不足が深刻化したため、竹筋が使われたと推測されている。06年には松浦鉄道が工学院大(東京)に依頼して橋にドリルで穴を開け、コンクリート塊を抜き取る調査を実施。その際は鉄筋、竹筋とも検出されなかったが、電磁波レーダーでは、金属ではないものが橋脚部分の骨組みになっていると確認された。



 松浦鉄道によると、2年に1度、目視による検査を行っており、強度に問題はないという。完成から今年で80年。1両だけのディーゼル車両が、きょうも軽快な音を響かせながら橋を駆け抜ける。


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地域で守る"桜のトンネル"


浦ノ崎駅の清掃をする名誉駅長の井手一雄さん

 長崎と佐賀の県境に近い浦ノ崎駅(佐賀県伊万里市)は、「桜の駅」として知られる。線路の両脇に約80本のソメイヨシノが植えられており、満開になると木々のアーチによる“桜のトンネル”が車両や乗客を出迎える。

 1930年の駅開業時から地元の人たちが植樹を始め、手入れしてきた。


春になると、駅周辺は桜の花に包まれる(2020年4月1日)

 15年ほど前には古い桜約60本の多くが病気などで花を咲かせることができなくなったが、地域住民でつくる「浦ノ崎駅桜保存会」が樹木医らとともにカビが原因の伝染病にかかった枝を切り落としたり、肥料をまいたりして復活させた。その作業は今も続いている。



 保存会のメンバーで名誉駅長を務める井手一雄さん(71)は、週に1、2回駅に通って、清掃活動も行っている。「手入れをした桜が春に立派な花を咲かせ、多くの人に見てもらうのが生きがいです」と笑った。

「最西端の駅」は宝の山


たびら平戸口駅にある鉄道博物館。JR松浦線時代の最終列車のヘッドマーク(左端)などが並ぶ

 たびら平戸口駅(長崎県平戸市)は、57駅ある「松浦鉄道」の真ん中あたりにある。本土で「最西端の駅」だということと、鉄道博物館が併設されているという二つの理由から、年間約6万3500人が訪れる人気駅となっている。


「日本最西端の駅」と記された駅名標


 駅には最西端をうたった看板があり、「日本最西端の駅訪問証明書」(200円)や「鉄印」(300円)などが販売されている。旧国鉄時代からあった博物館には、以前この路線を走っていたSLの写真や切符、JR松浦線時代の最終列車のヘッドマークなどが所狭しと並び、全国から鉄道ファンがやってくる。



 会社員男性(26)は、年明けに福島市からやってきた。「実際に使われていた運転士用の時刻表などが展示してあり、貴重だった」と満足した様子だった。

“応援団長” 撮っておきの風景

 長崎県佐世保市の会社員、辻祐治さん(57)は、今福駅(長崎県松浦市)の桜並木や、江迎鹿町(えむかえしかまち)―高岩駅(いずれも佐世保市)間の紅葉を背に走る松浦鉄道が大好きだ。「身近にある鉄道が変化する姿を記録に残したい」と、30年以上前から写真を撮り続けている。


松浦鉄道の写真を撮り続けている辻祐治さん

 仕事が休みの日に沿線や駅に通い、ファインダーをのぞく。運転士や駅員とも知り合いになり、車両基地を見学させてもらうなどの交流も生まれた。これまでに写真展を5回開き、フォトコンテストで最優秀賞を取ったことも。2018年には、自費で写真集を出版した。


松浦鉄道のフォトコンテストで最優秀賞に輝いた辻さんの作品(2004年6月、佐世保市の上相浦―本山駅間で撮影)=松浦鉄道自治体連絡協議会提供

 幼い頃から鉄道ファン。自宅のすぐ裏に線路があり、当時国鉄だった松浦線を走るSL列車をいつも眺めていた。時折、運転士が手を振ってくれてうれしかった。そうした体験が「撮り鉄」の原点なのだという。



 “応援団長”を自負する辻さんは、「沿線の風景はこれからも変わり続ける。いくつになっても写真に収め、松浦鉄道の魅力を発信したい」と話した。

坂の街を縫うように走る

 長崎県佐世保市は県都の長崎市と同じ「坂の街」。ここでは松浦鉄道の線路も、山の斜面に立ち並ぶ住宅の間を縫うように延びている。


山の斜面に立ち並ぶ住宅に囲まれた北佐世保駅

 佐世保市の中心部にある佐世保―北佐世保駅間(3.2キロ)は1935年に開通。すでに市街地化が進んでいたため、単線の高架橋と五つのトンネルが建設され、九州初の市街地高架鉄道となった。

 北佐世保駅では上下線がすれ違う。新型コロナウイルスの感染拡大などで、ここ数年は乗客も減っているが、朝夕の時間帯は通勤、通学客を乗せた車両が忙しく行き来する。



 同社営業部で広報を担当する川村暢治さん(64)は「開業以来、生活に密着した公共交通機関としての役割を担ってきた。現在はコロナ禍など試練に直面しているが、社員で知恵を出し合って乗り越えたい」と力を込める。

※ 年齢・肩書などは当時

動画(読売新聞オンライン)はこちらから

<鉄路ノート>に掲載された写真の購入や二次使用については、読売新聞西部本社 企画共創部へ電話(092-715-4354)、メールでお問い合わせください。


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