【鉄路ノート】平成筑豊鉄道 石炭の道をゆっくりと

企画

香春岳を背景に走る「平成筑豊鉄道」の普通列車。空色の車体に鉄道のマスコットキャラクター「ちくまる」が描かれている

 のどかな光景の中を1両の列車が走る。後方には筑豊のシンボルの一つ、香春(かわら)岳。石灰石の採掘が進み、山頂が徐々に削り取られ、低く平らになった姿が車窓から見える。

 平成筑豊鉄道は、福岡県の直方市と行橋市を結ぶ第3セクター。線路は、筑豊炭田の石炭の輸送用に1893年(明治26年)に敷設されたのが始まり。前身となる国鉄の分割民営化の際に廃線対象になったが、生活の足として存続を求める声により、1989年の10月、再出発した。


平成筑豊鉄道はカラフルな車両を多く走らせている。「なのはな号」は鮮やかな黄色が特徴だ


 現在は伊田、糸田、田川線の3線で、全長49.2キロ。車窓から牧歌的な景色を楽しめるとあって観光路線としても活躍。新型コロナウイルスの影響で運休していた観光列車は3月に再開したが、同県内には5月7日、3回目の緊急事態宣言の発令が決まった。



(写真:久保敏郎、木佐貫冬星)

<読売新聞 西部夕刊 2021.5.8~5.29 掲載>

九州最古の鉄道トンネル


一方に偏ってレールが敷設されている第二石坂トンネル

 1895年(明治28年)に開通した九州最古の鉄道トンネルが福岡県内にある。平成筑豊鉄道・崎山(みやこ町)―源じいの森(赤村)間にある第一石坂トンネルと、第二石坂トンネル。単線なのに、ともに内部の幅が広く、レールは中央部でなく一方に偏って敷かれている。


第二石坂トンネルにほど近い、源じいの森駅から見える橋りょう。こちらは幅ぎりぎりで車両がくぐる


 筑豊地方で採掘された石炭を輸送するために開通した豊州鉄道のトンネルとして生まれた。石炭需要の増加に伴う将来の複線化を見越して、幅を広くとり、片側にレールを敷設したとされる。しかし、エネルギーの主力は石炭から石油に代わり、単線のまま今も現役で使われている。



 第二石坂トンネルは1999年、国の登録有形文化財になった。長さ74メートル。入り口は石積み、内部はれんが造りで、往時の姿をとどめる。新緑の中、赤い車両がゆったりとした幅のトンネルを通り抜けていた。

ホームに炭都の特産


石炭を模した羊羹など物産品を買い求める乗客

 フランス料理を楽しめる平成筑豊鉄道の観光列車が走る日、田川伊田駅(福岡県田川市)では、「ホームマルシェ」と銘打ったイベントが開かれ、乗客らが地元の特産品を買い求めている。


フランス料理が味わえる「ことこと列車」が到着すると、一気ににぎわう田川伊田駅のホーム

 同駅の駅舎でホテルやレストランを運営する江頭(えとう)直行さん(64)が「遠くから足を運んでくれた乗客に地域の良さを知ってほしい」と始めたイベント。大型連休中の5月4日、観光列車「ことこと列車」が到着すると、乗客らは15分ほどの停車時間に、石炭を模した羊羹(ようかん)「黒ダイヤ」をはじめ、イチゴジャム、みそなどをホームで購入していた。



 江頭さんは駅のホームで石炭ゆかりの地域や施設の方向を示すなどし、沿線の石炭が地域に繁栄をもたらした歴史も紹介する。ただ、新型コロナウイルスの感染拡大に伴う緊急事態宣言の発令で、観光列車は15日から30日にかけて運休中だ。鉄道ファンも地域の人たちも再開を待ち望んでいる。


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朝のホーム 爽やかに


毎朝欠かさずホームの清掃活動を続ける新具重信さん

 早朝のホームに、ほうきの「サッサッサッ」という軽快な音が響く。福岡県田川市の新具(しんぐ)重信さん(77)は約16年前から、平成筑豊鉄道糸田線・大藪駅と、隣の田川後藤寺駅の清掃をボランティアで続けている。

 元田川市職員。石炭を運ぶためにかつて筑豊地方を走っていた蒸気機関車(SL)のファンで、よく写真を撮っていた。その撮影仲間が亡くなった後、仲間が行っていたホームの清掃活動を受け継いだ。


暁の空の下、大藪駅に滑り込む列車。冬場の清掃は、まだ暗い中から始まるという


 毎朝、自宅の最寄りにある大藪駅へ。午前6時頃から、ほうきとちりとりでごみを集めたり、ベンチを拭いたりする。その後、列車で田川後藤寺駅に移動して同じように清掃をし、大藪駅に戻るのが日課だ。



 始めた当初、たばこの吸い殻が散乱していることもあったが、今は見かけなくなったという。日課を終えて、「これから帰って朝食。掃除は元気でいられるための運動代わりですよ」と笑った。

駅舎に響くゴング


ボクシングのジムがある糒駅。サンドバッグを打ち込む音がホームまで聞こえてくる

 サンドバッグを打ち込む音に時折、列車の警笛も加わる。平成筑豊鉄道の無人駅の一つ、糒(ほしい)駅(福岡県田川市)は全国でも珍しい「ボクシングジムがある駅」だ。平日の夕方、猛練習するプロ選手や市民らの脇を列車が走り抜ける。


駅舎の跡地に建つボクシングジム


 駅の一角にリングができたのは1995年。「筑豊ボクシングジム」が、駅を有効活用したいと考える同鉄道から無償で借り受ける一方で、駅の管理や清掃を担っている。



 かつて日本王者を生み出した井上通文会長(71)のもと、プロ選手6人が所属し、地域の女性や子どもたちも汗を流す。新型コロナウイルスの影響などで2年近く、所属選手の試合は行われていない。それでも、「いつかはこの地から世界チャンピオンを生み出したい」と井上会長の思いは熱い。

線路の安全を守る


深夜、線路を照らしながら走り、ゆがみなどをチェックする高速軌道検測車

 5月22日深夜から23日未明にかけて、福岡県の直方市と行橋市を結ぶ平成筑豊鉄道を、JR九州から借り受けたレール検査用の列車が走った。


ディーゼル機関車に引かれる「マヤ」こと高速軌道検測車


 「マヤ」と呼ばれる高速軌道検測車で、青い車体に黄色のラインが2本入っている。JR九州は、この列車で自社の路線のゆがみや左右のバランスを調べるほか、同鉄道など第3セクターにも貸し出している。ただ、運転の日時や場所は公表されておらず、なかなか見ることのできない列車だ。



 マヤは今回、ディーゼル機関車2両に挟まれ、直方駅を出発。暗闇の中、車両下のライトでレールを照らしながら伊田、糸田、田川の全3線を走り抜けた。 金田(かなだ)駅(福智町)には独自に情報を入手した鉄道ファンが駆けつけ、停車中、盛んにシャッターを切っていた。

※ 年齢・肩書などは当時

動画(読売新聞オンライン)はこちらから

<鉄路ノート>に掲載された写真の購入や二次使用については、読売新聞西部本社 企画共創部へ電話(092-715-4354)、メールでお問い合わせください。


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