【鉄路ノート】JR指宿枕崎線 山海を望む薩摩の足

企画

開聞岳を背に走る列車

 優美な三角錐(すい) の山容を背に、2両編成のディーゼルカーがのんびりと進む。「薩摩富士」とも呼ばれる開聞岳(鹿児島県指宿市)を望むこの区間は、鉄路のハイライトシーンだ。

 JR指宿枕崎線は1930年(昭和5年)、「指宿線」として西鹿児島(現・鹿児島中央)―五位野間で開業。延伸を重ね、枕崎まで全通した63年(同38年)に現在の名称となった。



 鹿児島市街地から錦江湾に沿って薩摩半島を南下する。車窓には穏やかな海の景色が広がり、「砂むし温泉」で知られる全国有数の温泉地・指宿市、カツオ漁業が盛んな枕崎市などの観光地を結ぶ。朝夕は多くの通勤、通学客でにぎわい、生活に欠かせない地域の「足」でもある。

(写真:木佐貫冬星)

<読売新聞 西部夕刊 2022.7.13~8.5 掲載>

「JR日本最南端」の駅


西大山駅には全国から観光客が訪れる

 鹿児島中央駅(鹿児島市)から列車に揺られて約1時間50分。のどかな田園風景の中を進むと、西大山駅(鹿児島県指宿市)が現れる。



 ホーム一つに簡素な屋根があるだけの無人駅の片隅には、「JR日本最南端の駅」と書かれた標柱が立てられ、全国から観光客が訪れる。北緯31度11分。2003年に沖縄都市モノレール(ゆいレール)が開業するまでは、全国の鉄道駅の中で「最南端」の駅だった。


無人駅で、ホーム一つに簡素な屋根があるだけの西大山駅


 日本最北端の稚内駅(北海道稚内市)までは鉄路で約3000キロ。夫婦で西大山駅に降り立った兵庫県明石市の大学教員の男性(30)は「最北端まで線路でつながっていると思うとすごい」と話していた。

たまて箱の中身は笑顔


錦江湾を眺めながら進む観光特急「指宿のたまて箱」


 車体の左右を白と黒に塗り分けたユニークな列車が、錦江湾を眺めながら進む。指宿枕崎線の鹿児島中央―指宿間を結ぶ観光特急「指宿のたまて箱」。愛称「いぶたま」だ。

 九州新幹線が全線開業した2011年に登場した。モチーフは沿線に伝わる竜宮伝説。斬新なデザインは、玉手箱を開けた浦島太郎が黒髪から白髪に変わったのをイメージしたという。海と向き合って座れるカウンター席や、玉手箱の煙に見立てて乗降時に「シュー」という音とともに噴き出すミストなど、乗客を喜ばせる趣向が凝らされている。


海と向き合って座れるカウンター席


 「内装も工夫されていて、『指宿観光』を楽しむ気持ちが高まります」。家族4人で乗車した埼玉県のパート従業員女性(54)は笑顔を見せた。



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ありがたい駅「喜入」

 鹿児島市街地を抜け、しばらく錦江湾沿いを南下すると、何ともありがたい駅に到着する。「喜び入る」と書いて喜入(きいれ)駅(鹿児島市)。その縁起のよさで、昔から親しまれてきた。


縁起のよさで買い求められる喜入駅の入場券。「祝ご結婚」などのスタンプを押すことができる

 合併前の喜入町が発行した郷土誌などによると、室町時代の1414年(応永21年)、島津家8代当主・島津久豊が 給黎(きいれ)城に攻め込み、伊集院頼久に勝利したことを祝して、「喜入」と改めたことが始まりという。



 受験生らが入場券を買い求めるようになり、2003年からは駅員が「合格祈願」などのスタンプを押すサービスを始めた。


「安産祈願」「合格祈願」「祝ご結婚」の3種類のスタンプが入った喜入駅の入場券


 現在は無人駅となったが、今も駅舎内には「合格祈願」「安産祈願」「祝ご結婚」の3種類のスタンプが用意され、自分で押すことができる。

手書きの切符に愛情込めて


西頴娃駅の改札で、乗車券を確認する瀬川知香さん

 「おはようございます。行ってらっしゃい」。約30人の高校生が列車から降りると、駅スタッフの瀬川知香さん(35)が送り出す声が改札口に響く。ほほえましい光景は朝の恒例となった。

  西頴娃(にしえい)駅(鹿児島県南九州市)は、地元のNPO法人が切符販売などを行うJR九州の「委託駅」。スタッフ数人で運営しており、瀬川さんもその一人だ。



 大阪の旅行会社などを経て、母親の故郷・南九州市に移住。宿泊施設を営む傍ら、約3年前にスタッフとして加わった。当番日は改札や切符販売、清掃を一人でこなす。手書きで金額などを書き入れる昔ながらの切符を使用し、これを目当てに訪れる鉄道ファンも多い。


手書きで金額などを書き入れる昔ながらの切符(手前)


 本数が少なく、「利用客の顔が見える」のがやりがいでもある。「お年寄りの方には、なくさないように大型の切符を選んで渡したりしています」。さりげない配慮で一人ひとりを送り、迎える。

高架を駆け抜け

 家々の間を縫うように、鹿児島市の高架区間を列車が駆け抜ける。高架に建設された谷山、慈眼寺両駅の駅舎は近代的なガラス張りで、錦江湾や開聞岳を望むのどかな区間とは一線を画す。


高架化された谷山―慈眼寺駅間を走る列車


 都市部近郊は通勤、通学需要が大きく、JR九州の「駅別乗車人員」(2020年度)によると、市内5駅で1日あたり1000人を超えた。朝のラッシュ時は4両編成の列車が会社員や学生で混雑する。



 同市の沿線人口が大幅に増加した1980年代、郡元、宇宿(うすき)、慈眼寺の3駅が相次いで開業。2016年には交通渋滞の解消などを目的に、谷山駅付近から慈眼寺駅付近の約2.7キロが市によって高架化された。

 観光と生活を支える半島の大動脈は、姿を変えながら人々を運び続ける。

※ 年齢・肩書などは当時

動画(読売新聞オンライン)はこちらから

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