【鉄路ノート】熊本電気鉄道 歴史も乗せて駆け抜ける

企画

 「くまモン」の愛らしい姿がデザインされた2両編成の電車が軽快に走る。遠くには肥後の国の象徴・熊本城がかすむ。


熊本城を背景に走る「くまモン」ラッピング電車

 熊本電気鉄道は、熊本市中心部の上熊本駅から、熊本県合志市の 御代志(みよし)駅までの菊池線10.8キロと、途中の北熊本駅から藤崎宮前駅(いずれも熊本市)までの藤崎線2.3キロの2路線で構成されている。


車内でも「くまモン」が乗客を出迎える


 1909年(明治42年)に前身の菊池軌道が創業し、11年から営業運転を開始した。多くの苦難も経験し、1945年の熊本大空襲で車両や変電所を焼失。53年の大水害で鉄橋が流されたほか、熊本地震では軌道がゆがんだり、ホームの石積みが倒壊したりした。



 「菊池電気軌道」「菊池電気鉄道」へと社名が変わり、48年に現在の社名になった。それでも「菊電」の愛称で呼び続ける市民は多い。多くの歴史も乗せながら、熊本を駆け抜ける。

(写真:久保敏郎)

<読売新聞 西部夕刊 2022.3.4~3.30 掲載>

全国の名車が移籍


北熊本駅のホームに並ぶ熊本電鉄の車両。東京メトロや東京都営地下鉄で運行後、譲り受けた

 車両の連結面に付いた 楕円(だえん)形の銘板には「東京都交通局」の文字。東京での活躍を経て、熊本電気鉄道に移籍してきた車両の証しだ。


「東京都交通局」と記された銘板


 熊本電鉄の車両は、東京都営地下鉄や東京メトロなどで運行後、譲り受けたものばかり。外観や塗装など、以前のまま走る姿をひと目見ようと、全国の鉄道マニアが沿線に通う。

 かつては南海電鉄の「ズームカー」、東急電鉄の通称「青ガエル」といった多くのファンに愛された車両も走っていたが、数年前に引退。一部は動かせる状態で保存され、運転体験会などに使われている。

 半世紀以上にわたって走り続ける車両が故障し、交換部品が見つからないこともあるが、「廃車した車両から取り外した部品を再利用しています」と担当者。多様な車両の活躍を、現場の創意工夫が支えている。


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晴れの日は自転車OK


自転車を車内に持ち込んで目的地に向かう乗客ら

 柔らかな日差しが差し込む車内のあちこちに自転車が並ぶ。熊本電鉄で晴天の日にだけ見ることができる光景だ。

 通勤・通学の利用が一段落する午前9時頃~午後3時頃の間、追加料金なしで持ち込める。日曜日と祝日は終日認めているが、床が滑りやすくなる雨や雪の日は禁止している。


ホームに自転車を止めて電車を待つ乗客


 サービスは、すでに30年以上に及ぶ。沿線には病院が多く、車いす利用者のためにスロープを付けたり、電車との段差をなくすためにホームをかさ上げしたりした結果、自転車にも優しい路線になった。

 友だちとのサッカー練習に向かう熊本市の私立中2年男子(14)は「駅から練習場まで遠いので自転車持ち込みは便利」と魅力を語った。

響く保線のハンマー音

 夕日が差し始めた熊本市西区の無人駅・ 韓々坂(かんかんざか)駅近くの線路から、保線作業中のハンマー音が響く。


列車が運行する合間に行われる保線作業


 レールを固定する枕木はコンクリート製が増えているものの、熊本電気鉄道では、いまだに多くを木製が占める。レールのゆがみやボルトの緩みは事故に直結するだけに気は抜けない。枕木を支え、騒音や振動を抑える砂利も必要に応じて敷き直すなど、一つ一つの作業が安全運行を支える。


御代志駅の移設先に搬入されたレール


 菊池線の終点・ 御代志(みよし)駅は熊本県合志市の区画整理事業に伴い、10月から、現在地から南東に約200メートル離れた場所に移設される。新たに敷くレールも搬入済みだ。街や駅の姿は変わっても、安全を守る作業だけは変わることはない。



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製造から90年以上の車両も

 熊本電気鉄道北熊本駅に併設する車両基地には、全身茶色の古めかしい車両が停車している。一見すると、展示車両のようだが、今も「現役」だ。


車両基地に停車している「モハ71」(手前)と「青ガエル」

 1928年(昭和3年)製造の「モハ71」。広島県のJR可部線の区間を走っていた。45年8月6日、広島に原爆が投じられた際には、山口県下関市の工場で検査・修理中だったため、戦禍を逃れた。

 車両は54年頃に国鉄から譲り受け、熊本電鉄にやってきた。81年頃に営業運転は終えたが、基地内で検査・修理中の車両を動かす際の動力として活躍している。

 車両基地には、57年製造で東急電鉄からやってきた「5101A」も停車している。鮮やかな緑色と、独特の愛嬌(あいきょう)ある顔が特徴で、「青ガエル」の愛称で親しまれた。2016年に引退したが、運転体験などで時々、動く姿が見られる。

ファンに親しまれる撮影名所


路面電車のように道路との併用区間を走る藤崎線の車両

 長い歴史を持つ熊本電気鉄道には、古くから鉄道ファンに親しまれている撮影名所が2か所ある。スマートフォンでインスタ映えする動画を撮影できる場所としても人気を呼んでいる。



 藤崎線の黒髪町―藤崎宮前駅間の約150メートルは、かつて東京都営地下鉄や東京メトロで使われていた車両が、路面電車のように一般道路の一角を走る。全国的にも珍しいという。担当者は「車などの通行も多いので、撮影には気をつけて」と話す。


インスタ映えすると人気の池田トンネル


 もう1か所は、菊池線の池田駅。北熊本駅方向から坂道を上ってくる電車が、池田トンネル(175メートル)に入ってから通過するまでの様子をホームから手軽に撮影できる。5月から6月にかけてはトンネル口付近で、ホタルの乱舞も見られるという。

※ 年齢・肩書などは当時

動画(読売新聞オンライン)はこちらから

<鉄路ノート>に掲載された写真の購入や二次使用については、読売新聞西部本社 企画共創部へ電話(092-715-4354)、メールでお問い合わせください。


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