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福岡県田川市。炭鉱とともに栄えたまちは、交通網がいち早く整備され、人やものが各地から集まりました。活気にあふれた時代、住民の暮らしの中心にあったのが駅前の商店街。当時の面影を残し、昭和がかおる伊田と後藤寺の商店街を歩きました。
「伊田商店街」を歩く
まち歩きは、レトロモダンな建築の田川伊田駅からスタートします。2020年に全面リニューアルした駅舎には、寝台列車をモチーフにしたホテルが併設され、石炭を積み出していた歴史を踏まえて黒を基調としたデザインでまとめられています。
駅にはJR九州と平成筑豊鉄道の列車がとまり、映画「男はつらいよ 幸福の青い鳥」の撮影が行われたホームには、映画にちなんだモニュメントが設置されています。
お土産に黒ダイヤと白ダイヤ
駅前ロータリーに面した和菓子店「亀屋延永 伊田駅前店」では、田川名物の羊羹(ようかん)「黒ダイヤ」と「白ダイヤ」を販売しています。黒いダイヤは石炭、白いダイヤは石灰石と、いずれも地域に潤いをもたらした鉱物を指しています。
なぜ羊羹が名物に――。理由を聞くと、炭鉱で働く人々が血糖値の低下を防ぐために、羊羹などの甘いものを坑内に持ち込んだのがはじまりとのこと。それから贈答用として重宝されるようになり、炭鉱文化を伝える味として受け継がれています。
約70年前から変わらない製法を守り、「今も手作業で作っています」と店主の井手口学さん。初めて口にしたのに、どこか懐かしさを感じる風味でした。
シャッターアートを楽しもう
伊田商店街に入ると、昭和にタイムトリップしたような感覚になります。営業していない店舗が多いのですが、そのシャッターに描かれた絵がカラフルで、アートを楽しみながら通りを進めます。
まちに移住した芸術家らが中心になり、地元の大学生や児童らも描きました。「映える」スポットとして、カメラを手に歩くのもおすすめです。
また、アーケードには、空きスペースを利用した憩いの場「さのよい公園」があります。地元の人たちの交流の場で、四季折々の花が咲きます。
囲碁好き集まれ!誰でも歓迎
商店街には、囲碁好きが集まる碁会所「碁楽亭」があります。お年寄りの姿が目立ちますが、「学生も子どもも大歓迎」と席亭の森勝治さん。ルールを知らない人には森さんが丁寧に教えてくれます。
1999年から続く碁楽亭は、席料600円を払えば何時間でも楽しめます。碁を打ちにきたお年寄りから、おもしろい昔話が聞けるかもしれません。
夜9時までにぎわった商店街
「商店街のイベントは頻繁に開催し、ブラジルからサンバのダンサーを呼んだり、ハワイのフラダンスショーを企画したりしました」。そう振り返るのは、商店街の理事長を務めた岩井種苗店の岩井聰明さんです。
伊田商店街は全長約450メートル。全盛期には約100店が連なっていましたが、石炭産業の衰退とともに空き店舗が目立つようになり、今は40~50店を数えるほどです。
商店街には当時の店の看板がそのまま残っています。岩井さんは「昔は夜9時まで店が開いていて、道いっぱいに人が行き交っていた」と思い出を話してくれました。
若者に人気の「焼きもち」
再び、田川伊田駅前。「篠原茶舗」は、焼きもちや抹茶ラテなどが若者らに人気です。店は京都産の茶を扱う創業約90年の老舗で、2021年2月に駅前へ移転しました。
焼きもちは抹茶やサツマイモ、ショコラ、バニラクリームなど13種類。ドリンクは京都産玉露冷茶のほか、抹茶やほうじ茶ラテなど約40種類にのぼります。
「お客さんのリクエストでメニューが増えていきました」と店を切り盛りする篠原知恵さん。焼きもちは、夫で3代目の卓史さんと2人で13年前に始めました。地元の高校生や県立大の学生らに人気で、今春には新作のわらびもちが登場しました。
店内にはイートインスペースもあります。次の目的地はJR線で一つ隣の田川後藤寺駅。焼きもちを食べながら列車を待つことにしました。
グルメ①ホルモン鍋
炭鉱マンが愛したスタミナ食
田川に来たら、ぜひ食べたいのが「ホルモン鍋」。下味をつけたホルモンと、玉ねぎ、キャベツ、もやし、ニラなどの野菜を、炒め煮するご当地グルメです。七輪の上にセメント袋を敷いて焼いていたのがはじまりといい、その名残で中央がくぼんだ鉄板で調理します。スタミナがつき、炭鉱マンにも愛されました。
”元祖”ホルモン鍋を提供する「朝日家」を訪ねました。創業は1957年。「子どもの頃から食べている」という3代目店主の安山宰祐さんが、目の前で作ってくれました。
店では味噌(みそ)味のタレにホルモンを漬けて提供します。鉄板の上でホルモンを煮てから野菜を盛り、醤油(しょうゆ)ベースの焼き肉のタレをかけ、ふたをして火が通るのを待ちます。
シメには、うどんかご飯を選べます。安山さんのおすすめは、市内の製麺所で作ったうどん。「味を染み込ませたうどんは酒のつまみになりますよ」
「後藤寺商店街」へ!
後藤寺地区は、明治時代からの炭鉱開発で発展しました。後藤寺駅が開業し、三井田川炭鉱が操業を始めると、市街地が急速に広がっていきました。
レトロで味のある商店街
駅前のロータリーから広がる後藤寺商店街。炭鉱全盛期に10万人を数えた市民の衣食住と娯楽を支え、今も40店ほどが営業しています。
アパレル店でお好み焼き?
商店街の婦人服店「チャイム・スポット」の前を通りかかったとき、「もやトロ焼き」の看板に目が留まりました。よく見ると、売り場の一部が鉄板焼きの店になっています。アパレル店でお好み焼き? どういうことなのか、聞いてみました。
「10年ぐらい前に常連の要望で始めました」と、店で鉄板焼きを担当する松岡夕美さんが答えてくれました。「洋服は毎日買えないけど、軽い食べ物ならいつでも立ち寄れる」という理由からだそうです。
もやトロ焼きとは、もやしの入ったトロッとしたお好み焼きのこと。生地を寝かせるなどして独特の食感を出しているといいます。
店は1911年に呉服店として創業。松岡さんの夫で4代目の英樹さんによると、婦人服店に衣替えしたのは80年代半ばで、「お客さんのニーズに合わせて商品を変えてきました。今ではまったく違う“生地”も扱っていますが…」と笑います。
「食べ歩きにもちょうどいいですよ。商店街のベンチで食べていってください」と、夕美さんが自慢の1枚を焼いてくれました。
ガラスのアートに触れる!
アーケードを南へ進むと、アートギャラリー「夢工房」が見えてきます。オーナーの松本昭人さんがオーダーメイドのステンドグラスやランプシェードなどの作品を手がけ、展示販売したり、教室を開いたりしています。
ガラス瓶などを製造する会社に勤めていたという松本さん。退職後にガラス工芸の教室に通い、15年ほど前に工房を開きました。「お客さんが喜ぶ顔がうれしくて」と制作に打ち込む工房には、一輪挿しの花瓶やアクセサリーなどが並んでいます。
コーヒーとゆっくり過ごす
「揺れる火を見ながらゆっくりと過ごす。こんなひとときも大事でしょ」。喫茶店「珈琲(コーヒー)館 ニュータガワ」では、店主の矢鳴美保子さんがサイホンのアルコールランプに火をつけて、自慢のブレンドコーヒーをいれてくれました。
カウンター席が並ぶ店は、創業から50年あまり。「お客さんと話をするのが好きで、店を続けてきました」と矢鳴さん。特製のコーヒーゼリーのほか、ナタデココにココナツミルクをかけた「トロピカルココ」といったスイーツも人気です。
「昔はデパートのレストランや遊園地で楽しめ、スーツを着てブランデーを飲むおしゃれな店もありました」と駅前の往時の様子を教えてくれました。炭鉱の関係で首都圏から仕事で訪れる人が多く、先端の娯楽や文化も次々に流入してきたとのこと。映画館もたくさんあり、夜は大人向けのナイトショーでにぎわっていたそうです。
時代は変わって店の数も減りましたが、今も変わらず人と人をつなぐ場、人情味あふれる商店街が田川市にありました。
グルメ②もやしそば
”青春の味”ソウルフード
「シンプルな料理だからこそ、まねのできない味」――。「もやしそば己城」の店主・己城悦史さんは胸を張ります。
蒸しチャンポン麺とシャキシャキの細モヤシ、少々の豚肉とタマネギを、ラードを引いたフライパンで素早くいためます。醤油のあっさりした味付けが懐かしさを感じさせます。卓上のウスターソースなどをかけて「味変」を楽しんでもいいそうです。
田川後藤寺駅前にあった「フッコー食堂」で出していたメニュー。安くて満腹になると人気で、己城さんも幼い頃から親しんできた味です。2002年に閉店した食堂の名物を復活させようと、己城さんが作り方を教わって06年に店をオープンしました。
材料や作り方がシンプルだからこそ、材料の状態などを見極めて調理にかける時間やタイミングを変えているそうです。「家庭ではこの『フッコーの味』は出せませんよ」と己城さん。学生の頃に食べた人も多い田川の“青春の味”です。