「月が出た出た 月が出た」 旧炭都・田川を照らす夜景を巡る

企画

日本百名月として登録された二本煙突と月

記事 INDEX

  • 「日本百名月」の二本煙突
  • 闇に浮かぶセメント工場
  • 繁栄の歴史を伝える料亭

 月が出た出た 月が出た――。盆踊りでなじみのある軽快なメロディー。「炭坑節」は福岡県田川市で誕生し、労働者の仕事唄として親しまれてきました。今も変わらず旧炭都を照らす月明かりの下、夜の田川を巡ってみました。

「日本百名月」の二本煙突


「TAGAWAキャンドルナイト」の明かりがともる伊田坑跡(田川市提供)


 秋の月がのぼった空を見上げると、大きな煙突がそびえ立っています。田川市のシンボル「二本煙突」で、日没から午後10時までライトアップされています。


 その国内最大級の煉瓦(れんが)煙突は、高さが約45メートル。国史跡「三井田川鉱業所伊田坑跡」に整備された市石炭記念公園内にあります。二つ合わせて約21万個の煉瓦が積み上げられているといわれており、光に照らされた陰影から精密な造りがよくわかります。


市石炭記念公園に立つ二本煙突(田川市提供)


 また、地下から石炭などを運び上げる垂直の坑道「竪坑(たてこう)」の跡が公園内2か所に残っています。煙突は1906年と08年に、300メートルを超える地底と地上をつなぐケージ(エレベーター)を動かすボイラーの排煙のため、それぞれ築かれました。近くにはケージを昇降させた竪坑櫓(やぐら)が、数少ない炭鉱遺構としてたたずんでいます。


 煙突と櫓は2007年、国の登録有形文化財になりました。20年には、炭坑節の歌詞に出てくる月と煙突が、一般社団法人「夜景観光コンベンション・ビューロー」によって「日本百名月」に認定されました。


煙を吐き出す二本煙突と炭鉱住宅(田川市勢要覧から)


 あんまり煙突が 高いので
  さぞやお月さん 煙たかろ
――


 歌詞にあるのが、この二本煙突とされています。

 炭坑節は石炭の選別作業に従事していた女性たちの間で、自然発生的に生まれました。爆発的に広まったのは戦後のことで、ラジオを通じて全国に知られ、盆踊りの曲としても定着しました。歌詞は複数存在し、大牟田市の三池炭鉱を歌ったものもあります。発祥の地を巡っては、両市長が1962年に会談し、田川を本家、大牟田を分家とすることで合意したという記録が残っています。


三井田川鉱業所の全景(1958年6月撮影、田川市提供)


 秋には、田川市恒例の炭坑節まつり「TAGAWAコールマイン・フェスティバル」が石炭記念公園で開かれます。今年のまつりは11月4、5日に開催。クライマックスは炭坑節総踊りで、多くの市民らが煙突の下で輪になって炭坑節を踊り通します。


炭坑節まつりの様子(田川市提供)


闇に浮かぶセメント工場


船尾駅から望む夜の麻生セメント田川工場


 田川市の西部に位置するJR船尾駅の前では、麻生セメント田川工場が稼働しています。夜間に駅前を訪れると、低く重い機械音が工場から響いてきました。敷地の外に明かりはほとんどなく、照明がともされた工場夜景が暗闇に浮かび上がります。


夜の船尾駅周辺の様子


 1900年に三井鉱山が坑区の買収を始め、三井田川鉱業所が操業すると、一帯は筑豊を代表する炭鉱町に急成長しました。43年には田川市が誕生しますが、50年代からのエネルギー革命で主役は石炭から石油に。炭鉱閉山により「黒ダイヤ」の輝きが失われた後も、セメント原料の石灰石「白ダイヤ」は、地域の産業を支えています。


工場の奥に石灰石を切り出す船尾山が見える


 船尾駅は新飯塚―田川後藤寺駅間の約13キロを結ぶJR後藤寺線の無人駅。山あいにそびえるセメント工場の間を縫うように列車が走ります。日中に工場を訪れても、要塞(ようさい)のような姿は圧巻で、背後には石灰石を切り出す船尾山が見えます。


山あいに立つ工場の間を進む列車


繁栄の歴史を伝える料亭


 料亭「あおぎり」は、炭都の繁栄を今に伝える数少ない場所です。市中心部を見渡せる建物は木造2階建ての入り母屋造り。国の登録有形文化財になり、夜になるとライトアップされます。


「あおぎり」のライトアップ。夕暮れ時に照らし出された迎賓館「銅御殿」


 料亭と炭坑節には深い関係があります。労働者の唄が宴会の場に持ち込まれたことで、三味線の伴奏が付き、座敷唄として定着したとされています。大正から昭和初期にかけては、博多や小倉の料亭に出かけて豪遊する炭鉱関係者もいたそうで、宴席で欠かせない唄として広まりました。


あおぎりの本館と迎賓館


 あおぎりの建物は、かつての面影を今もとどめています。1914年に建てられた本館は、料亭になる前には、初代の田川市長・林田春次郎の邸宅として使われ、新館は要人をもてなす迎賓館として34年に建造されました。新館は、当時珍しい銅葺(ぶ)きの屋根で、赤く輝く姿から「銅(あかがね)御殿」と呼ばれていたそうです。


 あおぎり社主・会長の星野宗広さんが「2階からは香春岳や英彦山、大坂山といった景色が一望できます」と建物を案内してくれました。


「当時の要人も同じ景色を見たのでしょうね」と星野さん。窓の向こうに香春岳も見える


 料亭には2人用から最大80人まで利用できる五つの部屋があり、贅(ぜい)を尽くした「筑豊懐石」を提供しています。ランチは3300円から、ディナー(要予約)は6600円から。迎賓館で客人をもてなした華やかで繊細な料理をイメージしたコースです。


ランチの御重筑豊懐石(左、あおぎり提供)と歴史を感じさせる個室


 「昔は高級食材と一緒に職人も連れてきて、一流の料理を振る舞ったそうです。まるでアラブの石油王みたいですね」と星野さんは話します。


 食後には建物の見学も可能です。折り上げ格(ごう)天井、数寄屋風の意匠などが、栄華を極めた時代をしのばせます。


ライトアップされた「あおぎり」


 「歴史ある文化財を残して地元に恩返ししたい」と話す星野さん。「ライトアップされた姿を見て、こんなにすばらしい建物があったんだと思ってもらえれば」


 活況の時代、その後の停滞、そして現在――。月は地域のそんな営みを照らし続けてきました。まちの夜景を眺めながら、田川の歩みに思いを巡らせてみませんか。

”新名所”も人気!

三井寺(風鈴と風車のライトアップ)

 三井寺は4月から8月にかけて風鈴を境内に飾り、“風鈴寺”とも呼ばれるようになりました。夏にはライトアップされた風鈴の下、たくさんの人が夕涼みを楽しみます。


夏に行われる風鈴のライトアップ


 11~2月は、風鈴に代わって風車が境内を彩ります。11月11、12日は紅葉と一緒に風車のライトアップを行う予定です。


ライトアップされた風車(田川市提供)


「ターライオン」(彦山川噴水モニュメント)


 彦山川に架かる新橋の上から勢いよく水を吐き出す一対の狛犬(こまいぬ)のようなモニュメントは、シンガポールの観光名所・マーライオン像によく似た姿から「ターライオン」などの愛称で親しまれています。


正式名称は「彦山川噴水モニュメント」


 放水は土曜・日曜の午前11時~午後7時で、日没から午後9時までライトアップされています。


「ふらっと たがわ」は、福岡県田川市の意外に知られていない”横顔”や地域の魅力を紹介するコーナーです。

バックナンバー
1. はじめての田川まち歩き 昭和がかおる人情商店街をみつけた
2. 田川の元気を廃校から発信!「いいかねパレット」で弾ける笑顔


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