虚無僧が尺八を吹きながら夜道をひとり歩いていく……。私の頭にそんな光景が浮かぶ尺八は、どこか近寄りがたさを感じてしまう和楽器です。この日本古来の竹笛を気軽に楽しんでほしいと、水道管などに用いられる塩化ビニール管で尺八を作り、奏法を教えている人が北九州にいると聞き、会いに行きました。
吉田秦山(よしだ・しんざん)さん
1934年、北九州生まれ。兄や姉の影響を受け、尺八や琴といった和楽器の音色に幼いころから親しんだ。早稲田大学に在学中、兄から譲り受けた尺八で本格的な練習を始める。竹琳軒大師範。よみうりFBS文化センター講師。本名は豊彦。北九州市小倉北区在住。
尺八歴60年超の大ベテラン
塩ビ管で尺八を作る達人は吉田秦山さんです。幼いころから尺八に親しみ、大学生のときに独学で本格的な練習を始めました。尺八歴60年を超える大ベテランです。よみうりFBS文化センター(北九州市小倉北区浅野)の講座で30人以上を指導し、定期的にリサイタルも開催しています。
尺八は長さ1尺8寸(約54センチ)が基本で、これが名前の由来になっています。長いもの、短いものがあり、長いほど音が大きく低くなるそうです。自然に生えている竹を楽器に使える品質まで高めるには時間と手間がかかるため、練習用の尺八でも10万円程度の値段になるのだとか。師範用ともなると30万円を超えるそうです。吉田さんは「初心者が尺八の世界に入りやすいように」と、安く手に入る塩ビ管を加工するようになりました。
目の前で作ってくれました
吉田さんは塩ビ管で尺八を作る工程を見せてくれました。材料は、内径20ミリの塩化ビニールパイプと中継ぎ管。これだけです。
「塩ビ管を54センチの長さで切って穴をあけ、ザラザラしている部分はやすりで滑らかにします」。吉田さんは説明を交えながら手際よく作業を進めていきます。
特別な道具も使わず、簡単そうに見えるのですが、パイプにあける穴の大きさや間隔、歌口になる中継ぎ管を削る角度など、ミリ単位の調整を行っています。尺八を知り尽くしているからこそなせる繊細な技。ほかの人が見様見真似で作っても、きれいな音は出ないそうです。
製作にかかったのは15分ほど。今までに、塩ビ管で7000本以上の尺八を作ったそう。手に入れやすさと扱いやすさで、入門者にも上達したい人にも好評です。
大事なのは好きであること
尺八を始めるのに必要なことを尋ねると、「知識でも肺活量でもなく、大事なのは好きであること」と答える吉田さん。これほどまでに夢中になる尺八の魅力は、「人によって全く違う音色が出るところですかね。誰が吹いているか音色でわかります」と教えてくれました。尺八を手にする人の骨格や息の吐き方、性格でも音色が変わるそう。ピアノやギターなど音階がはじめから定まっている楽器にはない面白さは、尺八の構造にあるのでしょう。作りがシンプルだからこそ、個性が表れやすいのかもしれません。
私も塩ビ管の尺八と手習い書をいただきました。「悟りへ向かう道」とも言われる尺八。まずは音を出せるように練習したいと思います。