【宮崎】冷や汁を「100年フード」に! 民間団体が活動開始
宮崎県を代表する郷土料理「冷や汁」の魅力を全国に売り込もうと、民間団体「宮崎冷や汁普及促進協議会」(事務局・宮崎市)が誕生し、活動を開始している。先人が育んだ食文化を地域の誇りと位置づけ、文化庁の推進事業「100年フード」の認定を目指す。
<100年フード> 食文化の継承や振興を後押しする目的で、2021年度から始まった取り組み。江戸時代から続く「伝統」、明治・大正に生み出された「近代」、昭和以降の「未来」の3部門を設け、文化庁が認定する。25年度までに全国で計329件が認定を受けた。
夏バテ防止の栄養食
協議会によると、魚のほぐし身やゴマ、みそを混ぜただし汁を冷やし、豆腐やキュウリとともに温かい白米にかけるのが、一般的な冷や汁だ。県史によると、冷や汁が県内で食べられるようになったのは、江戸時代以降と考えられ、農作業の合間にかき込めることから夏バテを防ぐ栄養食として広まった。
「夏場の暑さが厳しい宮崎で、栄養をしっかり取れる食べ物として生まれた。食材をいかにおいしくいただくか、先人の工夫が詰まっている」
4月29日、冷や汁をメニューの一部として出す宮崎市の郷土料理店「ふるさと料理 杉の子」で、女将(おかみ)の前田省子(しょうこ)さんが明かした。前田さんは協議会メンバーではないものの、1970年創業の杉の子で、創業者の父・森松平(しょうへい)さん(2017年死去)の代から冷や汁を守り続ける。
「宮崎観光の父」と呼ばれる宮崎交通の初代社長・岩切章太郎さん(1985年死去)や森さんらが、冷や汁の地位向上に尽力。岩切さんは宮崎を訪れた著名人に振る舞い、森さんは定番メニューにした。前田さんは「効率性を重視する時代だからこそ、手間暇をかけた料理の価値を知ってほしい」と話した。
作り手減少に危機感
協議会は2月16日付で発足。県内の観光振興や、郷土愛の醸成につなげようと元県職員、地元料理研究家、飲食店経営者ら6人で結成した。宮崎市内に暮らす県外出身の移住者や外国人らを対象に料理教室などを開き、PRする方針だ。
協議会によると、冷や汁は、すりこぎで材料を潰すなど作業工程が多く、手間がかかると考えられている。協議会のメンバーの間では、チキン南蛮など他の郷土料理と比べて、提供する県内の飲食店が少ないと感じているという。
協議会の代表理事で、宮崎市出身の元県職員、日高大介さん(64)は「食の国際化や多様化の影響で、作る人が減っている」と危機感を抱く。日高さんは、県の物産施設「新宿みやざき館KONNE(コンネ)」(東京)の現場トップを務め、4年前に県庁を定年退職。在職中から地元ネット媒体で、県内の食材や飲食店を紹介する記事計約500本の掲載に携わった。退職後には、冷や汁を題材に共著も出版した。
現在、日高さんは関東地方に住み、宮崎市内で飲食店を経営する恒吉浩之さん(52)が宮崎での責任者を担う。恒吉さんは、一般社団法人「焼き餃子(ギョーザ)協会」(東京)の宮崎支部長も務める。冷や汁にも「料理体験は、世界から観光客を呼び寄せるきっかけになるかもしれない」と期待を込める。
カレーのような「国民食」に
九州・山口の100年フード認定件数は計50件で、最多は福岡の12件。その後は、鹿児島(9件)、長崎(8件)と続く。宮崎は全国最少の鳥取県(2件)に次いで少ない3件にとどまる。協議会は100年フードの認定に向けて申請作業を進め、今月上旬に冷や汁の料理教室を初めて開く。
日高さんは「冷や汁はカレーやラーメンのような『国民食』になり得るし、世界に羽ばたく可能性も秘めている。後世に伝える取り組みを通じて魅力を広めたい」と強調した。
作り方 ミキサーで手軽に
宮崎市の料理研究家で、協議会理事・杉松泰子さん(66)に冷や汁のレシピを聞いた。作り方や材料は地域、家庭ごとに異なり、本来すり鉢を使うが、ミキサーで代用する。
◇冷や汁の作り方◇
〈1〉キュウリを薄く輪切りにし、オオバとミョウガを千切りにする。
〈2〉弱火でゴマを煎ってミキサーで粉末にする。
〈3〉イリコの頭と内臓を取り除き、ゴマと同じく煎って粉末にする。
〈4〉ボウルにゴマとイリコを入れ、合わせみそと丹念に混ぜ合わせる。
〈5〉熱湯を少しずつ加えて混ぜ、キュウリとオオバ、ミョウガに手でちぎった豆腐を
入れて氷で冷やす。
〈6〉炊きたての白米にたっぷりかける。




