千年樟の記憶とともに 春の太宰府天満宮で続く「くすかき」

巨大なクスをイメージして太宰府天満宮の境内に描かれたアート作品(360度カメラで撮影)
記事 INDEX
- 季節が変わる"瞬間"に
- 朝の境内で時間を共有
- 大切なものを感じる心
朝7時。鳥のさえずりが聞こえる境内に、砂地を掻(か)く松葉ぼうきの音が響いた。やがて、クスノキの香りが漂う広場に現れたのは、落ち葉でできた直径20メートルほどの大きなアート作品だった。
季節が変わる"瞬間"に
「樟(くす)の杜」と呼ばれる福岡県太宰府市の太宰府天満宮。3月22日から3週間にわたって集めた落ち葉を使い、クスノキの姿を地面に描くプロジェクト「くすかき」が4月12日に最終日を迎えた。
この日までほぼ毎朝、6時半から1時間ほど、30~50人が参加して境内の落ち葉を集めてきた。初日は30センチほどの高さだった落ち葉の山は、最終日には子どもの背丈を超えるほどに。参加した85人は思い思いに想像を膨らませながら、クスノキをイメージしたアートを地面に描いていった。
今年で16回を数えたプロジェクトの仕掛け人は、千葉県在住のアーティスト・五十嵐靖晃さん(46)。きっかけは、隣接する九州国立博物館の完成時に行われたアートイベントに参加した際に出会った"ある光景"だという。
境内のクスノキの新芽が古い葉を押し出すように生え、地面に大量の葉を落としているのに気づいた。冬から春へと瞬時に移り変わる季節。木の下では白装束の神職たちが、ほうきで落ち葉を掃いていた。
掃除され、均一な縞(しま)模様が描かれた地面に、すぐにまた別の葉が落ちてくる――。「次に落ちる葉のために、その場所をきれいに整える神聖な行為のように思えた」と五十嵐さんは振り返る。
朝の境内で時間を共有
「落ち葉を大地へと迎え入れるかのようなこの所作を、多くの人と共有できたらいいな」と思った。そんな折、かつて境内の真ん中にあった巨大なクスノキ「千年樟」のことを知った。参拝者の増加で地面が踏み固められ、酸性雨の影響も受けて、1994年に枯死したという。
巨木があったこの場所で、1000年以上続いた落葉の風景を再現できないだろうか――。「樟を掻く『くすかき』という行為を通し、千年樟を感じながら往時の姿を描き出したいと思った」と五十嵐さん。共感する人たちが少しずつ集まり、今では期間中に延べ1000人ほどが参加する"春の風物詩"に育った。
参加者は幼稚園児からお年寄りまで様々。早朝に行うのは「地元の人たちの通勤・通学時間を考慮して」とのことだが、集まった人たちが"神域"を感じる、早朝の境内のすがすがしさも支持を集める理由のようだ。
「春のラジオ体操のようなものですね」という時節を彩る行事。口コミなどで徐々に知られ、今では関東地方などから訪れる人も少なくないそうで、海外から参加する人もいるという。
大切なものを感じる心
太宰府市に帰省したタイミングで、家族5人で初めて参加した小学4年の米川恵司君(9)は、松葉ぼうきで落ち葉を高く積み上げ、「葉っぱがこんなに重いとは思わなかった。寒いけど楽しかった」と笑顔を見せた。
活動への向き合い方は、それぞれだという。同窓会のように毎年の再会を楽しみにしている人、おしゃべりを楽しむ人、ただ黙々とほうきを動かす人――。「みんな個性豊かで楽しいですよ」と五十嵐さんは話す。
くすかきを通じて、自身や千年樟と対話しながら、この場にいる人たちと、ゆるやかにつながっていることを実感する人も多いという。
大地に描かれたアートは午前中のうちに姿を消し、何事もなかったように元の砂地へと戻った。集めた葉の一部は「芳樟(ほうしょう)袋」に詰められ、参加者らが作業の合間に、ほのかに甘くやさしい香りを楽しんでいた。
五十嵐さんは「見えないけれど大切なものを感じる心がある限り、千年樟はこの場所にあり続けるのではないでしょうか」と話していた。