【鹿児島】イッシーを遊覧船で探そう!池田湖で就航計画
かつて未確認生物「イッシー」に沸いた鹿児島県指宿市の「池田湖」を再び盛り上げようと、地元企業が遊覧船の就航に向けて準備を進めている。その動きに呼応し、イッシーに関する資料館の開設計画も浮上。最盛期に比べて市内を訪れる観光客が減少するなか、関係者は「当時の活気を取り戻したい」と意気込んでいる。(関理一郎)
ブーム再来へ 地元企業が準備中
10月下旬、池田湖の西側湖畔。観光遊覧船「金豊龍(きんぽうりゅう)号」(約19総トン、定員約50人)がエンジン音を響かせながら、ゆっくりと湖面を進み出した。
池田湖は、5000年以上前の火山活動でできた周囲約15キロのカルデラ湖だ。面積約11平方キロと九州最大の広さを誇り、水深は233メートルで全国の湖で4番目に深い。南西側には円すい形の開聞岳(標高924メートル)がそびえる。
地元の建設会社「川路建設」が設立した新会社が漁船を改造した遊覧船は、約40分かけて湖に隣接する棚田や大岩などの名所周辺を巡る。1日4便を運航し、年間2万3000人の利用を見込む。九州運輸局に営業許可を申請しており、年内の就航に向けて運航訓練を重ねている。
船長の川路大湖(ひろみ)さんは今春、遊覧船を操縦するのに必要な免許を取得した。「早く湖から見る風景を楽しんでもらいたい。イッシーに会えるかもしれない」と就航を心待ちにする。
かつて池田湖一帯はイッシーブームに沸いた。きっかけは1978年9月、地元の小学生やその親ら約20人が湖面に大きな「コブ」のようなものを目撃したことだった。その後も目撃証言が相次ぎ、新聞やテレビで報道されると、英国・ネス湖の「ネッシー」をもじって「イッシー」と呼ばれた。
指宿市によると、79年には漫画家の手塚治虫さんや松本零士さんが湖を訪れ、「怪獣騒ぎに夢とロマンを求めたい」とイッシーのイラストを描いた。90年代にも目撃証言が相次ぎ、70年代後半から90年代までで延べ約360万人が合併前の旧市を訪れた年も。池田湖を中心に観光ガイドを務める池上幸一さんは「全国のファンでレストランや旅館はいっぱいで、観光バスが列をなしていた」と当時を振り返る。
川路船長の父で、川路建設の川路洋人社長は、最初に「コブ」を目撃した一人だ。湖畔で遊んでいた時、湖の北側で動く二つの黒い物体が見えたという。
だが、市に寄せられた証言は2007年を最後に途絶えた。24年に池田湖を訪れたのは延べ約35万人。昨年8月、湖畔の観光拠点だったドライブイン「池田湖パラダイス」が閉店し、地域の衰退に危機感を募らせた川路社長は遊覧船の運航を計画。「地元の資源を生かして再び地域を盛り上げたい」と力を込める。
市は40年ほど前に湖畔に設置した2体のイッシー像の写真を撮りやすいように、25年夏に像の距離を近づけて色も塗り直した。
ガイド育成や資料館構想も
遊覧船の就航に呼応する動きもある。
指宿市の観光振興に取り組む一般社団法人「いぶすき観光デザイン」は、地元の若者らを対象とした観光ガイドの育成を計画する。遊覧船の乗客にイッシー伝説や湖の成り立ちなどを解説することを考えている。また、ゆくゆくは、イッシーのイラストなどを展示する資料館をつくる構想を温める。
同法人の鴨崎一郎専務理事は「多くの人に歴史や文化、景観を楽しんでもらい、池田湖を起点ににぎわいを復活させたい」と話す。




