【山口】ツキノワグマの被害相次ぐ 11月末まで動き活発
山口県内でツキノワグマが人里に頻繁に出没し、被害が相次いでいる。2024年度の目撃件数はすでに650件を超え、過去最多を記録。2年ぶりに人が襲われる事案も起き、子どもの登下校など日常生活に影響が出ているほか、栗など農作物の食害も確認されている。専門家は県内では11月末までクマの活動が活発だと指摘し、注意を呼びかけている。
襲われて一瞬で体が血や傷だらけ
「飛びかかってきたと思ったら、一瞬で自分の体が血や傷だらけになった」。周南市夜市(やじ)の会社員(43)は、10月4日にツキノワグマに襲われた体験を険しい表情で振り返った。
市中心部から北西約10キロにある会社員宅は里山に囲まれ、周辺には田畑が広がる。クマに襲われたのは、日課のジョギング中だった。午後10時頃、自宅前の一本道を走り始め、折り返して家まで600メートルほどの地点まで戻った時のことだ。
「ウー」。低いうなり声が背後から3度聞こえ、草木が揺れるのに気づいて振り向いた瞬間、体長約1メートルのクマに頭を引っかかれた。「ガリッ」という音がした途端に顔は血だらけに。クマは両前脚で会社員の左太ももをつかみ、かみついた。うずくまって「うわー」と叫ぶと、クマはその場を去った。会社員は頭を43針縫う大けがを負った。
被害の報告を受け、地元の市立夜市小では児童が10月18日まで教職員に付き添われて集団で下校。全員がクマよけの「熊鈴」をランドセルに付け、周南署員もパトカーで巡回した。井川真奈美校長は「とにかくみんなの安全が第一」と顔をこわばらせた。
餌を確保?人を恐れないクマ増える
人的被害はほかにも発生している。9月に岩国市で70歳代男性がクマに襲われ、左手首を骨折するなど全治3か月の重傷。また、けが人はなかったものの、同月下旬には下関市でクマが空き家の壁をたたき壊す様子を、市が設置したカメラが捉えた。
県内でクマに人が襲われたのは、2022年に岩国市の70歳代男性が散歩中に遭遇し、首などに2~3週間のけがを負って以来となる。
農作物の食害も深刻だ。10月12日、岩国市の山林でクマから特産の「岸根栗(がんねぐり)」の樹木約30本のうち10本以上の枝を折られる被害が発生した。実を食べる際に折った枝で「腰掛け」を作ったとみられ、山林を所有する農家の70歳代男性は「枝が折れてしまった木は4、5年は実らない」とため息をついた。
ツキノワグマは本州と四国の一部に生息し、県内では山口、島根、広島の3県にまたがる西中国山地を中心に分布。生息地では近年、人の生活圏での目撃や被害が増加しており、山口県での24年度の目撃件数は29日時点で657件で、過去最多となった23年度の444件を大きく上回っている。
県内でクマの目撃数や被害が増えている原因について、山口大の細井栄嗣准教授(野生動物学)は「人の怖さを知らずに育ち、人里に行くことを恐れないクマが増えたのではないか。山奥に行かなくても、人里で餌を確保できると学習したことも要因になっているかもしれない」と推測する。
県警、目撃例などをサイトに掲載中
こうした状況を受け、県警は23年10月から、通報があったクマの目撃場所などを記した地図「YPくまっぷ」を県のホームページに掲載している。県警地域企画課の担当者は「目撃情報を知ることで心構えができるはず。山に近づく時に役立ててほしい」と語る。
クマの活動は冬眠まで続く。生態に詳しいNPO法人・日本ツキノワグマ研究所(広島県)の米田一彦理事長(76)は「暖かい山口県では、11月末までクマの食欲が旺盛。人がいる場所でも餌を求めて歩き回り、身を守るために攻撃的になる」と説明。「クマは10メートルの距離をたった1秒で詰められるほど素早い。近づこうとしてきたら、背中を向けずに叫ぶなどすることが大切」と強調する。
県自然保護課の担当者は「県内のあらゆる地域が危険だというわけではない」としたうえで、「山に近づく際は、熊鈴やラジオのスイッチを入れて持ち歩くといった対策を知っておいてほしい」と話している。