昭和レトロな民泊施設が誕生 直方・古町商店街の「忘覚庵」
記事 INDEX
- ずっと空き家の元手芸店
- みんなが寄り合える場を
- おばあちゃんの家みたい
福岡県直方市の中心部に4月、筑豊エリアで初となる民泊施設「忘覚庵」がオープンした。味のあるレトロな建物は、昭和にタイムトリップした気分に浸れると話題だ。
ずっと空き家の元手芸店
JR直方駅から歩いて10分ほど。「殿町」バス停の目の前、古町商店街の一角にその建物はある。
建物は先の大戦の前後に建てられ、かつては家族で手芸店を営んでいたという。20年ほど前に閉店したあと、空き家の状態が続いていた。
忘覚庵を始めた清水舞子さん(46)は、友人や知人を地元に招く際に、ゆっくりと泊まってもらう場がないことを残念に思っていたそうだ。愛着のある郷土のことをよく知ってもらうため、「のんびり滞在できる民泊を運営できないだろうか」と考えていたとき、商店街にある元手芸店に出会ったという。
通りからも中の様子がよく見える、青いタイルで縁取られた大きなガラス窓。公園に近く、散策すると遠賀川からのやさしい風も感じられる。耳をすませば電車がガタンゴトンと走る音が聞こえ、直方の”いいところ”が徒歩圏内に凝縮されている――。この建物の魅力に引き込まれた。
「ここでなら民泊をやっていけるのでは」。そう思ったという。
みんなが寄り合える場を
「ここ直方に、いろんな人が寄り合える場をつくりたいのです」。さっそく持ち主の元へ向かい、建物を借り受けて民泊を営みたいと訴えた。「大家さんは、そんな私の夢物語を楽しそうに聞いてくれました」と、清水さんは照れくさそうに振り返る。
「家にある一つひとつの『もの』に家族の歴史が詰まっている」と清水さん。「住んでいた人の人生も、ここに残していけるように」と、家族の歩みを聞きながら小さなストーリーを紡ぎ出すように、個性ある民泊施設のイメージを膨らませていった。
昨年には、医療関係の仕事を退職し、腰を据えて開業の準備を進めた。
「こんなものが出てきましたよ」「これって何ですか?」。手芸店の歴史を伝え、趣のある空間にしようと、使えるものは使わせてもらった。古いタンスは一部を分解して個室の棚に。黒電話は内線用に、刺しゅう糸を陳列していた棚には本を並べた。「欧州の石畳のように見えた」という床のタイルは、営業していた当時のままだ。
朽ちた道具箱などが山積みにされていた中庭にはアジサイやボタンの花を植え、憩いのスペースとして再生させた。
2階には嫁入り道具のタンスがあり、中には色とりどりの着物が。「海外からの旅行者が着物を身につけ、街なかを自由に散策してくれたら」と思い描く。
特に目を引いたのは、山口百恵さんの水着のポスターだった。半世紀ほど前のものだろうか、大家の息子の部屋に飾られていたそうだ。改修作業には多くの人が携わったが、誰もこのポスターに触れることはなく、きれいなままで残っていたという。
清水さんは「これも何かの縁。大切にしよう」と階段下のスペースに貼り直した。宿泊客は思わぬ場所で往年のアイドルに”再会”し、「あっ、百恵さんがいる!」と喜びの声を上げるそうだ。
おばあちゃんの家みたい
オープンして1か月ほど。利用客は「おばあちゃんの家に戻ってきたみたい」と昭和レトロの雰囲気を楽しみ、「静かで落ち着ける空間」「時間が過ぎるのを忘れて、ゆっくりとおしゃべりできた」といった感想が寄せられている。
5月には、台湾や韓国など海外からの旅行者の予約も入っているという。
民泊に併設された「Bouton(ボタン)」は、訪れた人が自由に出入りできる地域のコミュニティースペース。忘覚庵より先にオープンし、音楽ライブのほか、絵画や写真の個展などを開いてきた。
「世界中の国から訪ねてきてほしいですね。いろいろな人が自由に出入りして、宿泊客たちと交流できる場になってくれたら」と清水さんは話す。
忘覚庵は、1階に和室2部屋、読書室1部屋、新しい畳の香りがする2階には寝室二つ、和室一つがある。自炊できる台所やリフォームした風呂場など洗練されたスペースを設けた一方、風が吹くと「ガタガタ」と音を立てるガラス窓は昔のまま――。新旧が同居し、味のある心地よい空間をつくりだす。
この郷愁ただよう忘覚庵の宿泊は、民泊の予約サイトから申し込める。一棟貸しで6人まで泊まれ、料金は時期によって異なるが1人だと宿泊税込みで8200円が基本。清水さんは「ちょっとぜいたくな、日常とは違う空間を楽しんでもらえたら」と話している。