郷土への誇りを育む場所に 開館5年の「大野城心のふるさと館」

再現された「百間石垣」のそばで、その高さを体感できるウォール・クライミング(360度カメラで撮影)

記事 INDEX

  • 博物館内でクライミング
  • まずは体感!記者も挑戦
  • 地域の交流ゾーンにも!

 7月21日で開館5周年を迎える福岡県大野城市の市民ミュージアム「大野城心のふるさと館」。館内には、特別史跡・大野城跡の「百間(ひゃっけん)石垣」の一部が再現され、そのそばで体験できるウォール・クライミングが人気だ。

博物館内でクライミング

 百間石垣は、市名の由来である大野城跡の見どころの一つ。各所に築かれた石垣の中でも最大の規模で、全長は「百間」の名が示すように約180メートルある。


階段に立つ人の間近でクライミング


 「ふるさと大野城をまるごと体感できる」をテーマにした施設は、地上3階、地下1階の鉄筋コンクリートの建物。大野城の歴史を学び、市民が交流するにぎわいの場として、2018年に開館した。


来館者数が伸びているユニークな博物館「大野城心のふるさと館」


 大野城市の人口は約10万人だが、開館1年を前に来館者が10万人を超えたほどの人気ぶり。コロナ禍による臨時休館も続いたが、今は再び活気を取り戻している。


 施設の「顔」になっている高さ7メートルのウォール・クライミング。百間石垣を登っている気分を味わえ、休日などには子どもたちの予約でいっぱいになるという。


子どもだけでなく大人にも人気のウォール・クライミング


 博物館には、何かと”お堅い”イメージがつきまとうが、地元で発掘された土器や郷土文化の資料を保存・展示する一方で、”遊び”の要素も取り入れて来館者を増やしている。背景には、開館時から館長を務める赤司善彦さん(66)の存在もあるようだ。


 県職員として大宰府政庁跡(太宰府市)などの発掘調査に携わった赤司さん。九州国立博物館(同)の開設、展示課長も経験し、従来の枠にとらわれない博物館のあり方を模索してきた。


おしゃれなデザインの壁面に映る来館者の姿


 心のふるさと館の前身は、市役所の一角にあった市歴史資料展示室。地元で発見された土器などを時代順に並べていたが、来場者は年間1500人前後にとどまっていた。


心のふるさと館には、大野城の城門を復元した模型(手前)や土器などを展示している


 赤司さんは常々「土器などを並べて、どれだけの人が興味を持つのだろうか?」と疑問に思っていたという。「あるアンケートでは、地元の博物館に行かない理由の第1位は、そもそも『博物館に行ったことがないから』でした」と赤司さん。だから、来館の目的が遊びやイベントでもまったく意に介さない。「行ってみたら楽しかった、それで十分なんです」


「行ってみたら楽しかった、それで十分です」


 そのうえで「まずは古里に対する意識が子どもに芽生えることが大切」と説く。博物館で壁に登るという、ちょっと特異な体験を通じ、1300年以上前に巨大な石垣が築かれた古里の歴史を”体感”してほしいと考えている。


 いつか古里のことを尋ねられたとき、「日本が対外戦争をしたことのない時代に日本を守るための石垣が造られたまちだよ、と誇りをもって語ってほしい」と願う。


日田街道沿いにあった郡の境界標など郷土の資料を保存・展示している


 クライミング体験をきっかけに、「大野城跡のことを初めて知った」「歴史に興味を持つようになった」という声も寄せられている。現地に足を運ぶ子どもも少なくない。「草ぼうぼうだったよ」と教えに来てくれた小学3年の女の子もいたそうだ。


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まずは体感!記者も挑戦

 クライミング体験は原則、土日・祝日に開催される。「まずは体感することから」と赤司さんの一言に背中を押され、クライミング歴20年の高橋俊介さん(43)に教わって、53歳の記者も初めて挑戦してみた。小さな上履きに足をねじ込み、命綱につながるハーネスを装着して説明を受ける。


椅子に座って、命綱となるハーネスを装着


 登った壁の上から写真を撮れないかと聞いてみると、「それはできません」ときっぱり断られた。「安全が何より大事。けがをせず戻ることが目標です」と高橋さん。壁に挑む際は、落下や負傷につながらないように腕時計を外し、ポケットの中も空っぽにするとのこと。カメラなんて……、認識の甘さを痛感する。


 最も危険なのは、パニックに陥ることだという。「怖いと思ったら無理をせずに、伝えてください。命綱を使ってゆっくり下ろします」。それを聞いて少し安心した。


「安全が何より大事です」


 事前に説明を聞き、前の人が登る様子もしっかり確認していたが、いざ壁の前に立つと、どうすればいいのか分からなくなる。我ながら情けない。


 「急な階段を上る感覚で!」と背後からアドバイスされた。「どこに足を置けば楽に登れるか、落ち着いて考えれば分かりますよ」。自分でも意外なほどスムーズに体が動き、気がつけば高さ7メートルのゴールに到達していた。


アドバイスを受けながら、クライミングに挑戦する記者


 下を見ると思った以上に高い。2本の頑丈な命綱を高橋さんが握ってくれている、という安心感があるからか怖さは感じない。


 職員らしき女性が、吹き抜けになっている3階の踊り場で拍手してくれるのが見えた。予想外のギャラリーの笑顔に、うれしいやら恥ずかしいやら思わずほおが緩む。


郷土資料の書籍(左)が並ぶ3階の「ふるさとラボ」からも見える


 腕力や運動神経は無関係。「俺が俺が!」というタイプより、スポーツが苦手でおとなしい性格の方が、むしろ力を発揮するという。登れないだろうと思いつつも、自然体で落ち着いて登っていき、「自分にもできた」と自信をつけてくれるそうだ。


地域の交流ゾーンにも!

 心のふるさと館は、クライミングのほかにも多彩な設備や催しで来館者を迎えている。1階にある「こども体験ギャラリー」には、大文字祭りで知られる地元の四王寺山をイメージした木製の滑り台などがあり、夢中で遊ぶ子どもの歓声が絶えない。


四王寺山をイメージした滑り台を楽しむ園児


 展示に触れて学べる「昭和のくらしコーナー」では、昭和20~40年代に大野城市内にあった一般的な農家を再現している。五右衛門風呂のほか、市民から寄贈された昭和の品々が並ぶ。


子どもたちも直接触れて学べる「昭和のくらしコーナー」


 2階に向かう階段の壁には、土器や古い農機具などがショーケースのようなスタイルで展示されている。目立つ場所にあり意識しなくても視界に入ってくる。斬新なデザインの壁を目にして、「あれは何?と関心を持ってもらえたら」と担当者は話す。


階段そばに展示された土器や農機具


 2階にはウォール・クライミングのほか、旧石器時代から現代までの大野城市の歩みを紹介するコーナーも。3階「ふるさとラボ」では郷土資料の閲覧などができる。


開放感ある広々とした館内


 また1階にある「ここふるショップ」では、大野城の特産品を購入したり、日替わりランチを楽しんだりできる。とくに梅雨の時期は、外で遊べない小さな子どもと母親らの交流の場としてにぎわっているそうだ。



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