【鹿児島】「対馬丸」の犠牲者を追悼 4年ぶりに一般参列

 太平洋戦争中の1944年8月22日、鹿児島県十島村の悪石(あくせき)島沖で米潜水艦に撃沈された学童疎開船「対馬丸」の犠牲者を追悼する慰霊祭が8月26日、奄美大島・宇検村の船越(ふのし)海岸で営まれた。

沖縄副知事や小中学生ら


慰霊碑に花を手向ける参列者

 対馬丸は、本土に疎開する沖縄の学童らを乗せて長崎に向かう途中、魚雷攻撃を受け沈没。784人の子どもを含む1484人が犠牲になった。当時、船越海岸には遺体や生存者が流れ着き、住民らが埋葬や救出作業を行ったという。

 2017年に地域住民らが慰霊碑を建て、慰霊祭を開催。20年以降は新型コロナウイルス禍のため集落の役員だけで行っていたが、今年は4年ぶりに一般参列を再開した。

 沖縄県の照屋義実副知事や対馬丸記念会(那覇市)の嶋田玲子理事らも参列。悪石島の方角に向けて建てられた慰霊碑の前で、地元の小中学生ら計約50人が黙とうをささげ、花を手向けた。

 慰霊祭実行委員会の津田直隆委員長は「辛苦の中で命が尽きたことを思うと、月日がたっても心が痛む。戦争を教訓に平和が続くことを願う」と述べた。


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