【熊本】限界集落に活気 名古屋の企業の若手がアイデア 

 九州山地の奥深くにある熊本県多良木(たらぎ)町槻木(つきぎ)地区で、名古屋市のウェブ制作会社の若手社員たちが地域活性化のアイデアを次々と打ち出し、集落を活気づかせている。600キロ以上離れた都市部から定期的に訪れて滞在し、農作物のブランド化やインターネットでの情報発信に奮闘。かつて注目を集めた地域再生事業が難航し、人口減が続く限界集落で、新たな生きがいづくりにつながっている。


玉ネギを手に槻木地区の住民と言葉を交わす椎葉代表(左から2人目)ら

多良木町・槻木地区に光

 「きれい!」「ご飯と一緒に炊いたらおいしいよ」

 5月下旬、槻木地区の民家で名古屋市中区のウェブ制作会社「フリースタイルエンターテイメント」の社員が、玉ネギを手に住民と言葉を交わした。地区で余った野菜を同社が買い取り、約50人の社員に販売する活動の一環だ。

 同社の椎葉保雄代表(43)が地域創生事業部の20~30歳代の社員と9軒を回り、大根やジャガイモなど約70キロを集めた。住民の黒木チハルさん(82)は「毎月来てくれるのは大歓迎。野菜を収穫するのが前より楽しみになった」と笑顔を見せた。

 同地区は宮崎県境の山間部に位置し、4月末現在の人口は85人。高齢化率は91.8%に上り、コミュニティーの維持が困難とされる50%を大幅に上回る限界集落だ。



 地元では移住者増加に向けた事業が10年以上前に始まったが、成果は出ていない。町は2013年、定住して再生を手助けする支援員と家族を福岡県から呼び込み、休校していた小学校を14年に再開させた。しかし、雇用先となる介護施設の誘致などが進まず、小学校は17年7月末に再び休校。支援員らは地区を離れた。

 椎葉代表は名古屋市で生まれ育ったが、幼い頃から父の出身地だった槻木地区を訪れ、叔父の袈史(けさし)さん(75)から地域の衰退ぶりを聞いていた。31歳の時に起業し、会社も軌道に乗り始めると、「地域活性化に携わりたい」との思いが膨らんだ。16年、地域創生事業部をつくり、翌年夏、現地視察のために社員と数週間、同地区に滞在した。

 「このまま死んでいくのがいやだ」「一花咲かせたい」――。故郷の再生を願う住民の声を聞き、決意が固まった。この年、同部の事業として数か月に1回、地区を訪れる活動を始めた。

メンバーが定期的に滞在

 目指したのは短期的な移住者の増加ではなく、「住んでいる人が少しでも明るくなれるアイデアを渡すこと」。地域振興に関心がある社員の意欲や会社の注目度を高める効果も狙った。

 最初に着目したのは、袈史さんが生産していた和紙だった。地区には原材料になる植物のミツマタが豊富にあり、「越前和紙」の生産地、福井県越前市などを訪ねて研究した。需要減で和紙は売り出せなかったが、生産時に廃棄されていた枝を活用し、インテリアとして商品化した。20年に発売すると、SNSを通じて評判を呼び、これまでに数百セットを売り上げた。

 21年からは約10人のメンバーが毎月、交代で地区を訪れて袈史さん方に宿泊し、年間60日以上を過ごす。特産のシイタケをブランド化した「TSUKIGIしいたけ」、ハム・ソーセージ工房の商品を専用のウェブサイト「槻木」で販売している。地元の高齢者に教わる手作りのおやつ、お薦めの飲食店なども幅広く紹介。サイトは年間で25万人がアクセスし、売り上げは生産者に還元している。

 こうした活動に町も着目し、学生向けのインターンシップ(就業体験)を同社と実施。今年4月に連携協定を結び、同社は地域資源の掘り起こしや町全体のPRなどで協力する。

 椎葉代表は現地の人材を採用・育成し、活動を継続する未来を描く。「地方の人たちにはエネルギーがあり、都会のアイデアと融合すれば社会が良くなる。困っている他の地域とも手を組み、日本全体を盛り上げたい」と意気込んでいる。


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