めざせ!福岡みやげの新定番 伝来の地に「博多ういろう」が登場

 福岡市に新しいお土産が登場しました。その名も「博多ういろう」。ういろうといえば名古屋や山口が有名で、「どうして博多で?」と思う人も多いかもしれません。実は、博多には「ういろうの聖地」とも呼べる歴史があるのです。

名古屋や山口が有名ですが…

 「外郎」とも書くういろうは、小麦粉や米粉といった穀粉と砂糖などを混ぜ、蒸して作る和菓子です。ちなみに、よく似ている和菓子「ようかん」は一般的に、餡(あん)を寒天で固めたものとされています。

 全国的には名古屋が有名ですが、山口でも土産物として人気です。一方、博多部を含む福岡市内では一部の和菓子店で販売はしていても、土産物として選ぶ住民や観光客はそう多くありません。


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博多はういろうの聖地!

 そんな博多をなぜ「ういろうの聖地」と呼べるのでしょうか。それは、中国大陸から初めて伝来した地が、博多区の「妙楽寺」とされているからです。

 妙楽寺によると、伝わったのは室町時代。博多は大陸との交易拠点として栄え、沿岸部の寺院は外交官の宿泊所などとして利用されてきました。当時、海岸沿いにあった妙楽寺もその一つでした。


福岡市博多区にある妙楽寺

 大陸で明が成立した頃、陳延祐という男が寺を頼って海を渡ってきました。「礼部員外郎」という医薬に関わる官職についていたため、日本では陳外郎と名乗るようになります。万能薬「透頂香(とうちんこう)」を足利義満に献上するなど、陳家は幕府からも重用されました。その薬が「ういろう」と呼ばれていました。

 やがて使者を接待する役目も任されるように。高官が来日すると陳家に代々伝わる菓子でもてなし、それもまた「ういろう」と呼ばれるようになりました。その後、国内各地に広がったとされています。


妙楽寺の敷地に立つ石碑

 現在、妙楽寺には「ういろう伝来之地」と記された石碑が立っています。


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思いを込めて試行錯誤

 新登場の博多ういろうは、抹茶、ほうじ茶、白あんの3種類。商品化を提案したのは、着物姿でのまち歩きなどを企画する「ピースアイランド合同会社」代表の伊藤博文さんです。博多がういろう伝来の地ということを知り、「その事実を多くの人に知ってもらうためにも、ういろうの土産物を作りたい」と行動を起こしました。


博多ういろうは抹茶、ほうじ茶、白あんの3種類

 試作や製造は、フレンチのシェフで、現在はいろり焼き専門店「筑前堀」(福岡市西区)の女将を務める吉田紀子さんが担当。博多の老舗茶屋「光安青霞園茶舗」の光安伸之さんがういろう作りに適した茶を提案し、妙楽寺の渡辺亮英住職が由来の解説や味・食感の助言をしました。

 昨年秋頃から試行錯誤を重ねてきた吉田さん。特に抹茶味に苦労したそうです。まず、光安さんから提供された5種類の抹茶粉で試作し、鮮やかな緑色が出るものを採用。ぷるんとした食感とおいしさを両立するために、わらび粉や小麦粉、砂糖の配合を変えながら試作を繰り返しました。

 吉田さんは「熱を加えすぎると色が変わり、加減が難しかった」と振り返ります。そうして、深い緑色が美しく、濃い抹茶の味が口に広がる新商品が完成しました。


「日常の楽しみが増えました」と語る吉田さん

 ほうじ茶味にもひと工夫が。豆乳も混ぜ、香ばしさを感じさせながらまろやかな味になるよう仕上げました。「日本茶に慣れてない欧米の人にも受け入れてもらえるように考えた」といいます。ヒントは、タピオカほうじ茶ラテだったそうです。

 これから季節ごとの限定味を出していく予定です。吉田さんは「ういろうと食材の組み合わせを考えるのが楽しい」と笑顔を見せました。


開発に携わった(左から)光安さん、渡辺住職、吉田さん、伊藤さん

 博多を愛する気持ちに、専門家の知恵と努力が集結した新土産。一つ一つ手作りのため大量生産はできませんが、その分、思いを込めたおいしいものに仕上がっています。伊藤さんは「商品を通じ、博多とういろうの関係を多くの人に知ってほしい」と話しています。

 1箱6個入り(抹茶、ほうじ茶、白あんが2個ずつ)で、税込み2480円。博多町家ふるさと館(福岡市博多区)や、光安青霞園茶舗の官内本店(同)・新天町店(福岡市中央区)などで販売しています。


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