読んでも読んでもまだ続く 詳しすぎる百貨店ファンサイト「黒崎そごうメモリアル」

記事 INDEX

  • 江戸時代から振り返る迫力
  • 管理者と黒崎そごうの関係
  • 閉店の無念を晴らすために
  • 膨大な資料はどうやって?
  • サイトは今後も残していく

 みなさんは「黒崎そごう」のことを覚えていますか。1979年、北九州市八幡西区にオープンし、2000年まで営業していた百貨店です。


黒崎そごうメモリアルより

 黒崎そごう閉店後、その建物には井筒屋が2020年まで入居し、井筒屋黒崎店として営業していました。


撮影:読売新聞・大野博昭

 井筒屋の撤退後は、後継テナントが決まらぬまま看板も消え去ってしまいました。


提供:isaさん

 そんな黒崎そごうに、誰もかなわない熱烈なファンサイトがあることをご存知でしょうか。それが「黒崎そごうメモリアル」です。


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江戸から振り返る「黒崎そごうメモリアル」の迫力

 黒崎そごうメモリアルは「そごうの起こり」から解説が始まります。

 なんとスタートは江戸時代。黒崎そごうのことを知りたいと思ったら、江戸時代までさかのぼるのです。心構えが違います。


黒崎そごうメモリアルより

 そごうの歴史を振り返りながら、かなりスクロールをしていくと、ようやく「黒崎そごう」が誕生します。


黒崎そごうメモリアルより

 開店以降は、もうそれはそれはすごい情報量です。黒崎そごうの年賀状から、社長や店長のリストは序の口。制服や包装紙の歴史、フロアのテナントの変遷、店内の細やかな写真の数々。

 とにかく、実際にアクセスして見ていただきたいのですが、いくらスクロールしても終わりません。


黒崎そごうメモリアルより

 とてつもない資料の数。そこから感じる、黒崎そごうへの並々ならぬ愛。「黒崎そごうメモリアル」の管理者isaさんの思いとは……?

 気になった僕は取材を依頼したところ、快諾。isaさんに、黒崎そごうへの思いをうかがいます。

管理者isaさんと黒崎そごうの関係

――そもそも、isaさんと黒崎そごうの関係は、どのようなものなのでしょうか。

 私は黒崎そごうの元社員なんです。

――やはりそうなんですね。黒崎そごうの最後を見守ったということですか。

 そうですね。2001年1月に、破綻後も存続するそごうグループ店に籍がある社員以外は全員残れないという形だったので、解雇されました。


黒崎そごう最後の日(黒崎そごうメモリアルより)

――そうだったんですね。現在はどのようなお仕事をしているのですか。

 現在は、広告関係の会社に勤務しています。もう、黒崎そごう時代より勤続年数が長くなりました。

――閉店は20年以上も前ですからね…… isaさんは「百貨店マニア」ということになるのでしょうか?

 百貨店が好きなのは間違いありません。ただ、「マニア」と言われると、違うような気がしますね。

――僕からするとかなり詳しく、「マニア」と言って差し支えなさそうですが……

 全国津々浦々の百貨店巡りをしている方たちこそが「百貨店マニア」だと思うんです。私の場合は「昔のそごうマニア」って感じですかね。百貨店業界で言うところの「水島そごう時代」のマニアです。(※水島そごう時代=故・水島廣雄氏がそごうを率いていた時代を指す。2000年のそごう破綻まで続く)


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黒崎そごう閉店の無念を晴らすために誕生


黒崎そごうメモリアルより

――黒崎そごうの記録をブログに残そうと思った理由は何でしょうか。

 黒崎そごうの閉店の無念を晴らしたくて作ったサイトです。実は黒崎そごうって、2000年に閉店したそごうグループ15店の中で唯一の黒字店舗だったんですよ。

――えっ!  そうだったんですか。経営破綻するような状況でも、黒崎そごうは従業員一丸となって黒字を守っていたのですね。

 黒字でありながら閉店させられた無念の気持ちの行き場がほしかったというのが大きな理由です。加えて、手元の膨大な資料を活用したいという思いもありました。

――黒崎そごうに対して、そこまで深い愛情があったのですね。どんな読者を想定していたのでしょうか

 元社員やグループ社員向けに作っています。WEB社史のようなイメージですね。記憶がまだ鮮明なうちに作らないと、資料が散逸してしまうという危機感と義務感がありました。


黒崎そごうメモリアルより

――2004年からこれまでやめずに、ブログを継続している理由は何でしょうか。

 一応継続はしていますが、情熱が薄れて途中の数年は更新も保守もせず、ほぼ放置状態だったこともあります。ブログを見ている方々から情報更新の催促メールをもらったりもしました。

――長く続けていると、そういうこともありますよね。

 やめどきと考えて、ブログ全体を見られないようにした時期があったのですが、私が開設しているもうひとつのブログにクレームがありまして。私が想像する以上に大事に思っている方々がいるのだなと。

――このブログを読むと、そこまで黒崎そごうに思い入れのない僕でさえも、子どものころ、黒崎がにぎわっている様子が思い出されるんですよね。貴重な資料です。

膨大な資料はどうやって手に入れるのか


黒崎そごうメモリアルより

――信じられないくらい膨大な資料です。これは、ご自身でお持ちなのでしょうか。

 印刷物、ポジフィルム、ビデオなどほぼ個人で所有しています。勤務していた部署が販売推進部宣伝担当だったので、それによるところが大きいですね。

――なるほど。それでいろいろな資料が残っているんですね。

 元同僚や関係者から資料が提供されることもあります。ありがたいことにブログを見て提供してくださった遠方の方もいらっしゃいますよ。

――かなり古い記録もあります。

 古い資料も所有しているので、スキャンして公開しています。

――そごう以外の資料も豊富ですね。井筒屋の資料などは、どのように集めるのでしょうか。

 絵はがきを購入したり、書籍や文献を参考に収集したりして、参考文献一覧に情報を掲載しています。個人資料に関しては、連絡して許可を得ています。

――なるほど…… かなり手間のかかる作業ですね。

 とは言え、10年以上前の作業で、厳密に言えば出所不明の画像、補完できていない画像もあります。

「黒崎そごうメモリアル」は今後も残していく


黒崎そごうメモリアルより

――「黒崎そごうメモリアル」を公開し続けてきて、読者の反響で印象に残っているエピソードを教えてください。

 一番印象に残っているのは、関東方面のそごうに勤める現役社員からメールをいただいたことですね。「会社を辞めたいけれど、ブログを読んで、働きたいのに解雇された多くの先輩社員たちの歴史を見て、思い直しました。ありがとうございます」という内容でした。

――ブログを読んでいると、あっという間に時間がたってしまいます。

 私には仕事場でしたが、Twitterなどでリプライをいただくと、地域の方々にとっては、黒崎そごうは印象に残る懐かしのデパートなんだなと実感します。

――ぜひ今後も残していただきたいです。

 古い資料はもう出尽くした感があって、大幅な更新は難しいのですが…… それでも、できる限りは残しておきたいと思います。

◇◇◇

 店がなくなっても、人々の心のなかに存在し続ける。それを体現するような「黒崎そごうメモリアル」。読んでいると、いろいろな感情が湧き上がります。黒崎そごうを何となく覚えている方に見てほしいサイトです。あなたも一度、のぞいてみては。


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