銀行、図書館、そして飲食店に 久留米に残る「昭和」の証人
昭和初期に建てられ、久留米空襲にも耐えた「街の文化財」――。この歴史ある重厚な建造物が、本格居酒屋「久留米惣吉」として生まれ変わり、注目を集めている。
守られた「地域の宝」
店があるのは福岡県久留米市の中心部。1927年、福岡銀行の前身である十七銀行の久留米支店として建てられた。福岡銀行の支店となったのち、久留米市が1968年に土地・建物を購入し、2010年まで市民図書館西分館として利用されていた。同市によると市内で2番目に古い鉄筋コンクリートの建物だという。
外観や内部には建築当時の意匠が残されており、昭和初期の雰囲気を感じられる。入り口そばの石畳には、柳川市と久留米市を結んでいた旧柳川往還の名残がある。
市は土地・建物を売却することにし、2020年に公募を始めた。一時はマンションを扱う業者に委ねられ、建物を取り壊す案もあがったというが、そこで手を挙げたのが飲食店を営む松石和博さん(52)だった。
この地で育った松石さんにとり、この建物は身近で愛着のある存在だ。「悪ガキ」だった40年以上前、近くの公園で駆け回った後は、冷房が効いた図書館に向かい、よく冷えた水でのどの渇きをいやした。クーラーやウォータークーラーを備えた安らぎの空間は、松石さんにとって「特別な場所」だったという。
こうした思いも松石さんの背中を押した。日本食の職人として30年以上にわたって腕を磨いた松石さんが買い取り、往時の姿をできる限り残しながら、飲食店として再生を目指すことになった。
至る所に1世紀の足跡
ところが”想定外”が判明する。
現行の建築基準法に適合させるため、大規模な改修が求められることに。コロナ禍の長期化に伴う工期の延長などもあり、工費が想定を上回る約1億円に膨らむことが分かった。
「久留米空襲も乗り越えた地域の宝。なくしてはいけない」。クラウドファンディングなどで資金を募り、ようやく今春オープンにこぎ着けた。支援者の中には、かつて図書館の自習室を利用していた人や、図書館で勤めていた人もいたそうだ。
建造物の歴史的価値を損なわないように「建物の中に建物を作るような工事だった」と松石さん。耐震補強も終え、国の有形文化財登録を目指しているという。
内部は、1世紀の”歴史”が至る所に刻まれている。扉の厚さが20センチほどある重厚な金庫が、そのままの形でとどまっているのもその一つ。窓のない6畳ほどの金庫室は、図書館時代は資料室として、今は特別会員用の個室として使われている。
2階の天井際には、当時の職人による意匠が残る。一部が破損しているため修理を依頼したところ、匠の技を目の当たりにした左官職人に「とても対応できない」と断られたそうだ。
2階には、戦前のにぎやかな市街地の様子や、空襲から1年後の焼け野原に立つ銀行の写真などが並んでいる。この建物が、久留米の中心部で人の行き来を見守り続け、空襲にも遭った”歴史の証人”であることを改めて痛感する。
松石さんは「地域の誇りある建物。往時をしのびながら、歴史ある空間で食事を楽しんでもらえれば」と話している。
久留米惣吉
福岡県久留米市日吉町3-19
0942-33-2608