陸奥A子ギャラリーが門司に誕生 「レトロカワイイ」を発信
記事 INDEX
- 青春の思い出に浸る
- 坂の途中の古民家に
- 陸奥さんも「感謝」
1970~80年代に少女漫画雑誌「りぼん」の看板作家として活躍した陸奥A子さん(69)。北九州市在住で、伝説の漫画家とも言われる陸奥さんの作品などを展示する「陸奥A子ギャラリー花café」が2月中旬、北九州市門司区の住宅街にオープンした。
青春の思い出に浸る
陸奥さんの画業50年を記念し、「レトロカワイイ文化」を発信するプロジェクトの一環。港町を見下ろす斜面に立つ築約50年の古民家を改修したギャラリーには、「乙女心を抱いていた遠い日を振り返れる場所」として各地からファンがやって来る。取材で訪れた日も、懐かしい漫画や付録が並ぶ空間で、それぞれの思い出に浸る女性たちの姿が見られた。
福岡県飯塚市生まれの陸奥さんは、1972年に「獅子座うまれのあなたさま」でデビュー。短編が得意で、「たそがれ時に見つけたの」「こんぺい荘のフランソワ」などの作品がある。女の子を”等身大”でかわいらしく描き「乙女チック」ブームを巻き起こした。特に「りぼん」の付録では、陸奥さんのイラストが描かれたトランプや筆箱、レターセットなどが読者の人気を集めた。
ギャラリーを手がけたのは、漫画制作会社「COLT」(北九州市小倉北区)の代表を務める大野光司さん(62)だ。中学時代、「少年ジャンプ」や「少年マガジン」などを愛読していた大野さん。同級生の女の子がたまたま持っていた「りぼん」を借りて読んでみたところ、”時代”を切り取るような作品に引き込まれた。
片思いのシーンの絶妙な心理描写、アイビールックなどの流行ファッションに心ときめいたという。とはいえ、少女漫画を読んでいるとは周囲に言いづらい時代。女友達に頼んで買って来てもらい、こっそりページをめくっていたそうだ。
陸奥さんの作品は地元・北九州の駅やバス停、お店などが登場し、「故郷を愛し、読者と同じ目線の漫画がたまらなく好きだった」と話す。
「絵がうますぎないのも魅力。読み手が想像しながら楽しめるところがいい。絵本の世界にも通じると思います」
「多くの漫画家が憧れる陸奥さんの魅力に、すっかりはまった」という大野さん。いつか漫画にかかわる仕事を――と思い続けてきた。
2015年に「COLT」を設立した頃、陸奥さんを紹介された。「やっと出会えたという思いと、ずっと憧れていたので運命を感じた」という。「もう描けない」と漫画界から遠ざかっていた陸奥さんだが、大野さんは「アートの世界に挑戦しませんか? イラストをアート作品として販売しましょう」と3年がかりで説得したそうだ。
(資料写真を含む)
坂の途中の古民家に
急峻(きゅうしゅん)な坂の途中にある「花café」。2階建ての古民家を知人から譲り受け、屋根にペンキを塗ったり、塀にしっくいを塗ったり、1年かけてギャラリーとして再生させた。
掛け軸を飾る床の間があったところには、ちょっとした秘密基地のような1人用の空間を設け、仏間は「りぼん」の付録を展示するスペースにした。
陸奥さんゆかりの品を集めるのは特に苦労したという。「陸奥A子の作品や付録は処分できない」と、ずっと手放さず大切に保管する熱狂的なファンが多いからだ。
構想から足かけ8年で陸奥さんの作品を集めた。仲間のコレクターらの協力を得られたのも幸いだった。結果、陸奥さんが表紙を手がけた「りぼん」14冊、付録70点のほか、当時活躍した他の作家を含む関連出版物100冊を展示することができた。
通常、陸奥さんの作品展では、当時の「りぼん」などを展示ケースのガラス越しに見ることになる。大野さんは「ここでは現物を手に取って見ることができます。当時の空気が直に伝わると思いますよ」と胸を張る。
訪れる人の7割は福岡県外からで、北海道や東北など全国にわたる。50代、60代の女性が多く、漫画を手に涙ぐむ姿もあるという。「これほど熱心なファンがいて、遠方から来てくれるとは驚きです」と大野さん。陸奥さんが発信するツイッターなどで知る人が多いそうだ。
北九州市小倉南区から夫と訪れた会社員・豊富すみ子さん(59)も、小学生の頃に愛読した一人。幼なじみの2人が、友人から恋愛の関係へと進んでいくストーリーに夢中になったそうだ。「自分にはそうした幼なじみがいなくて…… すてきだなぁと憧れました」と思い出を話してくれた。
陸奥さんも「感謝」
各地から「花café」に集うファン同士が、打ち解けるのに時間はかからない。「このシーン好きだったなぁ」「あっ、この付録持ってた!」。自然と会話に花が咲く。
大野さんは、やり取りをそばで聞きながら「この場所を開いてよかった」と心から思うそうだ。「つい昨日も、福島から訪れた女性が北九州市漫画ミュージアムに立ち寄りたいと言うので、ここで意気投合した地元の女性が『じゃあ、私が案内しましょう』と一緒に出かけていきましたよ」
そんな大野さんの計らいもあり、電話で陸奥さんに話を聞くことができた。
オープン初日に訪れたという陸奥さん。「北海道から来てくれた人もいてびっくりしました。こんなに長く熱心なファンがいてくれるとは思いもしませんでした。本当にありがたいです」と、ゆっくりとした口調で話してくれた。「懐かしい付録もたくさんあって、またゆっくり伺いたいです」
ファンが一言を書き残す店のスケッチブックにも時折目を通すそうで、「ファンの生の声がとてもありがたいです。励まされています」。短い時間の会話で、「ありがたい」という言葉を何度も耳にした。陸奥さんの優しさがにじみ出る、穏やかな一言一言から、長年にわたってファンに愛され続ける理由がわかったような気がした。
訪れた人からは、「気持ちをリセットできたような気がします」「くよくよせずに頑張ろう、という気持ちになれました」といった感想が寄せられるという。なるほど、「花café」を後にする女性たちは、心がどこか解放され、晴れ晴れしているように見えた。
彼女たちの表情を目にして考えた。自分には過去を懐かしむ「もの」や「場所」が果たしてどれだけあるのだろうか――。ほんのひとときであっても、遠い至福の記憶を思い起こせる、そんな”拠り所”があることをうらやましく思った。
「花café」の営業は土曜・日曜の正午~午後5時で、1ドリンク(500円)・90分の時間制。予約優先で、最新情報はインスタグラムなどで確認できる。
また、北九州市漫画ミュージアムでは、ギャラリーのオープンに花を添え、陸奥さんの原画などの収蔵作品展「春のかおりに誘われて」を5月21日まで開いている。