「穴」の向こうに? 福津市津屋崎で「のぞきあなアート」展
記事 INDEX
- 暮らしにアート、豊かな日常
- 作品の”物語”を楽しみながら
- 住民との交流もツアーの魅力
路地裏の塀などに開いた穴をのぞき、アートを鑑賞するイベントがあるという。その名も「のぞきあなART津屋崎」。ヒントが記された地図を手に、街なかの塀や店の中など16か所に点在する「穴」を探し、ひっそりと展示されたアート作品を楽しむ。
暮らしにアート、豊かな日常
場所は、福岡県福津市の津屋崎千軒。江戸時代に海上交易と塩田で栄えた一帯は「千軒の民家がひしめく」といわれ、今も老舗の酒蔵や古い家屋などが残っている。
10月1日に始まったイベントを主催するのは、地元在住のアーティスト有志でつくる団体。代表の三浦直子さん(53)は、地域住民とともに歩むまちづくりに魅力を感じ、5年ほど前に福岡市から津屋崎へ移り住んだ。
「ちょっとだけ視点を変えることで、暮らしの中に空想の世界がどんどん広がる。アートが暮らしに身近な存在になれば、日常も豊かになるのでは」と話す。
穴をのぞき見る――。どこか背徳感のある行為が、アート鑑賞と結びつき、”芸術の秋”を体で感じる一日を織りなしていく。
9月30日の午後、親子や夫婦、作家など希望者15人が参加したプロローグツアーを取材した。”宝探し”を思わせるマップや各作品にまつわる”物語”が載った冊子を携えて、地域の観光案内所「津屋崎千軒なごみ」をスタート。穴がある場所は、路地に面した塀ばかりでなく、古民家カフェの床、格子戸の中、納屋の隙間など様々だ。
今回のツアーには、イギリスのアーティストも加わり、作品の意図などを参加者に解説する場面もあった。
作品の”物語”を楽しみながら
穴の先には、「迷いこむ」「とらわれ」「反芻(はんすう)」「蚕の記憶」など、謎めいたテーマで制作された作品が鎮座する。現代美術のアーティストから、初めて創作に向き合った”新前作家”まで、それぞれがテーマを自由に解釈し、表現した。
冊子には、物語の作家たちが作品テーマを基に書き下ろしたストーリーなどが載っている。その物語を楽しみながら、作品を鑑賞する趣向だ。
かつては「玉乃井」という名の旅館だった建物の玄関に、年季の入った木製の箱があった。穴をのぞくと、底に敷かれた綿の上に鍵がぶら下がっている。冊子を開いて確かめた作品のテーマは「秋風の歌」。唐代の詩人による五言絶句の詩が記され、日本語訳とともに、津屋崎の街と関連づけた独自の解釈が添えられていた。
作品への理解を深められた気がするが、混乱するような思いもある。三浦さんに正直に伝えると、「自身の体験を基に『あーだろうか』『こうだろうか』と、それぞれが自由に解釈し、考える作業を楽しんでもらえれば」と笑顔が返ってきた。
ちょっと不思議な光景に出会ったのは、お寺の石垣の前。大人たちの背中が横一列になって、石垣に貼りついている。「どこにあるんだろうねー」。童心に帰ったように、石垣の隙間をのぞき込む姿がほほえましく、気持ちがほっこりした。
参加者の中には「1人で回るのはなんだか心細いけど、ツアーがあるのなら」と申し込んだ女性も。知らない者同士、スタート時はよそよそしかった参加者たちも次第に打ち解け、一つのチームのような和気あいあいとした雰囲気になっていた。
自身のすぐ前で作品を見る人の反応を観察したり、ふと漏らした一言を聞いてから穴をのぞき込んだり。それぞれの楽しみ方を見つけ、互いに感想を口にしながら、ツアーは進んでいく。
「アートのことはよく分からないけれど、見る人それぞれに解釈の違いがあると分かり、なんだかほっとした」
「芸術作品は美術館で見るイメージだったけれど、地域でふれて『アートって楽しい』という考えに変わった」
一緒にまちを歩いたのは2時間あまり。作品を目にした際の「へー」という驚き、鑑賞している人の背中が示す反応。思わずほおが緩むような、楽しいひとときだった。
住民との交流もツアーの魅力
今年で3年目を迎えたイベント。三浦さんによると、地元の人、とくに「人なつっこくてユニークで哲学的」というお年寄りたちの支えがあったからこそ、かたちになったそうだ。
イベント実現に欠かせなかったのは、作品の展示スペースを提供してくれる人の同意と理解。お年寄りたちは交渉役を買って出て、上手に話をまとめてくれたという。
これまでイベントに参加した若者からは、「地元のおばあちゃんが気さくに話しかけてくれた」「穴の場所を尋ねたことをきっかけに、地域のいろんな話を聞くことができた」と、住民との出会いや会話を喜ぶ声も聞かれたそうだ。
私がこのイベントを知ったのは、どこか違和感のある写真が載ったチラシを目にしたのがきっかけだった。お年寄りが壁の向こうをのぞき込んでいる構図――。このインパクトにひかれ、参加してみたいと思った。
昨年のチラシやポスターのモデルを務めたのは地元の田中文子さん。昨年11月、94歳で亡くなった。自身の後ろ姿が写ったポスターを「宝物」とうれしそうに話し、病院のベッドのそばに飾っていた。告別式では、お気に入りだったポスターと一緒に、棺の中で静かに眠っていたそうだ。
今年のイベントは11月26日まで。ワークショップも企画し、目隠しをして楽しむ「目隠しアート鑑賞会」(10月28日13時~)、懐中電灯を持参して参加する「ナイトミュージーアム」(同日18時~)、作家たちと一緒に巡る「みんなで回れば怖くない!エピローグツアー」(11月26日13時~)が予定されている。
ワークショップの定員は各10~15人で、公式サイトから申し込める。問い合わせは、三浦さん(080-3942-5505)へ。