芸術に触れ、地域に目を向ける機会に 「響きあうアート宗像」
記事 INDEX
- 気軽に感動体験を
- 作品を巡り小旅行
- それぞれの感性で
太古からの歴史が息づく福岡県宗像市。玄界灘の離島・大島、旧唐津街道の「赤間宿」、そして鎮国寺を舞台に、現代アート作品を展示する芸術祭「響きあうアート宗像」が3月24日まで開かれている。
気軽に感動体験を
3年あまりの構想を経て、クラウドファンディングで資金を募るなどして実現した。県内出身の作家ら14人と、九州産業大学(福岡市)の学生約15人が手がけた現代アート作品計約120点を三つの会場で紹介している。
宗像市民ら有志9人で運営する「響きあうアート宗像実行委員会」の代表で、発起人でもある武藤美奈さん(53)に開催に至る経緯を聞き、開幕直前の各会場を巡った。
この手作りのイベントには、二つの“目論見”があるそうだ。大島は過疎が進み、赤間地区では歴史ある建物が次々と姿を消している。アートの展示が直接、そうした問題の解決にはつながらないかもしれない。それでも「まずは地域の状況を知り、関心をもってほしい」という。
もう一つ、アートに触れたことのない人に魅力や楽しさを知ってもらいたい、との思いがある。屋内のギャラリーだと、訪れるのは興味のある層に絞られる。壮大な玄界灘を背景にした野外彫刻、歴史ある古民家に溶け込んだアート。そんな組み合わせならば、多くの人が気軽に芸術に接し、市中の美術館では得られない感動体験ができるのではないか、と考えた。
作品を巡り小旅行
「ぜひ自分の感性で楽しんでくださいね」――。武藤さんのエールを受け、丸1日かけて会場をぐるりと回った。まずは神湊港の沖合6.5キロ、メイン会場となる大島へ市営渡船で向かう。高さ2メートルの玄界灘のうねりを受け、船上は柱に頼らないと立っていられないほどだった。港から島を周遊するバスに揺られて約10分。1936年に完成したとされる旧日本陸軍の砲台跡地に到着した。
玄界灘を望む斜面に、5人の作家によるオブジェが点在している。目を引いたのは、人工の緑の植物に覆われた大きなコマのような作品。作者が大島に何度も通う中で感じた”何か”を表現したのだという。
強風に吹かれながら、作品としばらく向き合ってみる。1匹の犬が近づいてきた。そばの牧場で飼われているウメという名の雌の犬で、観光客にもかわいがられているようだ。「作品から何かを感じ取らなければ」という無言の圧力の中、”彼女”が登場したことで気持ちが楽になった。
この作品に限らずだが、作者の意図などを記した説明板はほぼ見当たらない。武藤さんによると、「言葉で表現するのが苦手」という作家が多いこともあるようだが、「そもそも、見る人にこう感じてほしいと思って制作したものではなく、先入観なく自由に解釈して今の自分と向き合ってもらえれば」という思いがあるからだという。
正午を回り、島を離れて鎮国寺へ。ここは空海が806年に開いたとされる真言宗最古の寺。世界的彫刻家の故・豊福知徳さんの作品が数点展示されていた。古寺と芸術が織りなすコントラストと調和を楽しんでほしいという。
最後の目的地は赤間地区。江戸時代に建てられた旧家を利用した店舗などに作品が並ぶ。最初に目に飛び込んできたのは、巨大な拳の形をした屋外の作品。まるで天から地に振り下ろされた怒りの鉄拳のようだ。
旧街道と現代アート。意外性のある作品との出会いにワクワクする一方、かつて菓子の製造販売をしていた「桝(ます)屋」をはじめ、このイベントがあるからこそ立ち入れる古民家も魅力的だった。幕末の志士らが歩いた街並みを、往時をしのびながら散策する時間も心躍るものだった。
それぞれの感性で
武藤さんの話でとくに印象的だったのは、フランスでモネの絵画を目にした時の思い出。絵を前に涙が止まらなかったという。「自分でも分からない。絵から何か出ているんじゃないかな」と笑う武藤さん。人生を左右する巡り合いの一つになった。
そんな武藤さんに「何か”ピン”とくるものを見つけ、自分なりの見方で味わって」とアドバイスを受け、作品の前に立ってみる。しかし頭をよぎるのは、どの角度から撮るか、どういう光線なら最も効果的な1枚になるか、という写真撮影の思考ばかり。作品が発するメッセージを受け止める感性が自分には足りないのかと不安にもなる。
「何だろう?」「すごいな!」と驚きの連続だった1日。作品をきちんと理解できたかどうかは、はなはだ疑わしいが、アートをきっかけに大島へ渡り、ゆったりした時間の中で散策を楽しめたことは得難い経験でもあった。
「こんにちは」――。島の中学生が気持ちよくあいさつしてくれたこと、不意に現れたワンちゃんのこと。こうした出会いが与えてくれる「ほっこり」した感覚も、自分なりのアートの楽しみ方だったのかなと、ひとり納得しながら家路についた。