八女茶発祥の地・霊巌寺 山中の奇岩と周囲に広がる緑の絶景

座禅岩の先に広がるお茶の段々畑

記事 INDEX

  • 岩の頂に周瑞禅師像
  • 急階段を上った先に
  • ずっと変わらぬ情景

 中国から八女にお茶が伝わって600年がたった。八女茶発祥の地といわれるのが、福岡県八女市の深い山の中にある霊巌寺だ。修験者の修行の場として知られる寺の周囲には、座禅岩や男岩と呼ばれる奇岩が並び、ちょっとした秘境のような様相だ。海外での日本茶ブームも重なり、中国や台湾、欧州から訪れる人も増えているという。

岩の頂に周瑞禅師像


八女茶発祥の地にある茶畑 (奥は霊巌寺)


 霊巌寺は、中国・明から帰国した学僧・栄林周瑞(えいりんしゅうずい)禅師が室町時代に建立した。東北地方出身の周瑞禅師が八女の地を選んだのは、かつて修行した中国・蘇州の景観とよく似ていたからだという。明から持ち帰ったお茶の種と栽培・製茶方法を、土地の有力者に伝えたことが、八女茶の始まりになったとされる。


両脇に断崖が迫る尾根をつたい座禅岩へ向かう


 パワースポットともされる座禅岩のことを八女市に聞くと、「急峻(きゅうしゅん)な場所にあるため、天候の悪い日や、高所恐怖症の人にはお勧めしません」と教えられた。少し不安になり、霊巌寺住職の日種明道さん(54)にも尋ねてみる。すると「つい最近も80歳代の夫婦や、小さいお子さんが両親と一緒に登られていましたよ」と明るい声が返ってきた。住職の言葉に背中を押されて決意した。


岩の頂上に鎮座する周瑞禅師の像


 麓から座禅岩の方を見ると、寺のはるか上の頂に周瑞禅師の像があった。かなりの急斜面で、到達までの困難さがうかがえる。事前に受けたアドバイスに従って登山靴を履き、霊巌寺の裏手から整備された階段を上っていった。



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急階段を上った先に


大きな岩のそばを通り座禅岩へ


 周囲を木々に囲まれた山道は、覚悟していたほどの急斜面ではなく、森林浴を楽しむ余裕もあった。途中、巨大な火山岩や、修験者が修行したといわれる洞窟を横目に10分ほど歩くと、座禅岩の看板がある大きな岩の下にたどり着いた。ここからが本番――。滑らないように注意し、鎖ロープを頼りに急階段を上ると視界が突然開けた。


急階段を上ると絶景が広がっていた


 絶景に息をのむ。汗ばんだ体を、さわやかな風が迎えてくれた。耳を澄ませば、笠原川のせせらぎの向こうから、鳥のさえずりが聞こえる。深い谷間から運ばれるように、ほのかに緑の香りがした。思わず大きく息を吸い込む。視線を落とすと、点在する集落やその先に広がるキャンプ場が見え、親子連れの姿も確認できた。


手すりとなる鎖が頼りだ


 尾根の先には、40年ほど前にヘリコプターでつり下げて運んだという、周瑞禅師の像が鎮座している。ここでかつて、周瑞禅師や修験者らが修行したと伝えられる。尾根の両側に、落下防止のポールが配置されているのが心強い。手すりとなる鎖がなかったら、像の場所まで近づく勇気は出ないだろう。


男岩(左端)や地蔵岩などの奇岩群


 座禅岩からは、日本三大奇岩の一つといわれる男岩(別名・珍宝岩)や地蔵岩などの奇岩群が見えた。高さ12メートル、直径4メートルの堂々とした男岩は、市によると「自然にできたものとしては日本最大級」とのことだ。県指定天然記念物でもあるその造形美は、火山灰と石が固まってできた岩が浸食、風化され、生まれたそうだ。


ずっと変わらぬ情景

 山の斜面に茶畑や杉林が広がる360度のパノラマを堪能しているとき、「座禅岩って、どれ?」と下の方から女性の声が聞こえた。「ここを上れば、すぐですよ」と声をかける。「上れるかしら」と迷っていた女性たちは意を決したように、鎖を握ってゆっくりと進み始めた。


座禅岩に続く急階段


 「まあ、すばらしい!」。思わず声を上げたのは、熊本県南関町から友人と2人で訪れた野口豊子さん(66)。座禅岩まで足を運ぶつもりはなかったが、寺の案内板を見て目指してきたのだという。


ポールを握り、一歩ずつ慎重に


 「こんなに大変だとは思わなかったけれど、報われた思いです」。野口さんは、すがすがしい表情で額の汗をぬぐった。


座禅岩は古くから修験の場でもあった


 階段を下り、石像がずらりと並ぶ参道を通って本堂へ戻る。檀家(だんか)からもらったという本場の八女茶をいただきながら、終始穏やかな住職夫妻に話を聞く。


本堂に続く参道に並ぶ石像


 座禅岩までの道中、季節によっては、ヘビやハチ、時にはイノシシに遭遇することもあるそうで、怖くなって途中で引き返す人もいるという。


座禅岩にある像の下にいたカマキリ


 それほど遠くない昔、霊巌寺には住み込みの修行僧もいたという。数々の奇岩がそびえ、様々な生き物がくらす豊かな自然。寺の周囲に広がるこの緑の情景は何百年もの間、時が止まったかのように変わらないままなのだろうと感じた。


像を取り囲むように豊かな自然が広がっていた(360度カメラで撮影)


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