川を遡上する神の使者を奉納 全国でも珍しい嘉麻市の鮭神社
記事 INDEX
- 食べてしまうと災難に…
- きれいな遠賀川を願って
- 毎年12月13日は献鮭祭
鮭(さけ)をまつる全国でも珍しい神社が福岡県嘉麻市にあるという。その名も鮭神社――。調べると、一帯には「鮭を食べてはいけない、しきたりがある」「環境汚染を克服して鮭が戻ってきた」など、好奇心をくすぐられる話があるようだ。福岡市内から車で1時間強、遠賀川水系の恵みを受けて周辺に田畑が広がる神社を訪ねた。
食べてしまうと災難に…
嘉穂アルプスを一望できる鮭神社は、奈良時代の769年に創建された。一見しただけでは、鮭とのつながりはうかがえないが、拝殿を見上げて納得した。1メートルほどある木彫りの鮭や、鮭の魚拓が所狭しと掲げられている。地元だけでなく、北海道などからも奉納されるそうだ。
地域では、鮭の存在を「海から訪れる神の使者」とする言い伝えが残る。遠賀川を無事に遡上(そじょう)してきたら豊作に、途中で捕まえたり、食べたりすると災難になるとされてきた。
そうしたことから、鮭が遠賀川を上ってきても、氏子たちは決して口にしなかったという。今でも食べないとのうわさも耳にした。そんなにも信心深いのか――。氏子で、鮭神社の広報を担当する大里盛人さん(78)に尋ねた。
30年ほど前までは、約70世帯ある氏子のうち2軒ほどは家訓を守り、「鮭は絶対食わん」と公言していたそうだ。現在はどうかというと、「守っている氏子もいるかもしれませんが」としたうえで、「回転寿司店に行けばサーモンは当たり前にありますし、『これは鱒(ます)だと思った』と私もごまかしています」と照れくさそうに笑う。
きれいな遠賀川を願って
嘉麻市によると、遠賀川は鮭が遡上する南限とされ、昭和の初め頃までは、特に下流域で見られていたという。遠賀川と鮭の関係は、筑豊地方の栄枯盛衰とともに変化する。嘉麻市を含む筑豊一帯は炭鉱で栄え、掘り出された石炭を洗った水などで黒く濁った遠賀川は「ぜんざい川」といわれ、鮭の姿も見られなくなった。
炭鉱閉山からしばらくたった1978年、下流の水巻町で1匹の鮭が確認され、流域の住民は大喜びしたそうだ。鮭の遡上は川がきれいになっている証し。以降、鮭の卵を新潟県などから譲り受け、孵化(ふか)させた稚魚を放流する活動を続けてきた。
稚魚は4年ほどかけ、ベーリング海などを回遊して戻ってくるそうだ。しかし、大きな“試練”が待ち受けている。河口から嘉麻市まで約50キロの間に100以上の堰(せき)がある。魚道を設けてはいるが、高い堰はやはり難関。市の担当者は「本当はもっと上流のきれいなところで産卵したいのでしょうが……」と苦渋の表情を見せる。
毎年12月13日は献鮭祭
国土交通省遠賀川河川事務所(直方市)によると、2021年に3匹を捕獲したが、それ以降は「魚影を見た」といった情報は寄せられるものの、遡上の”証拠”ともいえる死骸は確認されていない。
鮭神社では毎年12月13日、遠賀川を遡上してきた鮭を奉納し、五穀豊穣(ほうじょう)や無病息災を願う「献鮭祭(けんけいさい)」が行われる。
毎年11月前後に、戻ってきた姿を見られる可能性があるそうで、「なんとか祭りの日までに確認できたら」と大里さん。見つからない時は、鮭に見立てて色付けした大根を奉納するのが習わしとのことだ。