「茅の輪くぐり」って?〜後編・紅葉八幡宮の準備作業に密着!

猛暑のなか、全身汗だくで茅の輪を完成させた神職と氏子たち
記事 INDEX
- 朝9時前、茅を刈りにさあ出発
- 笑顔でつくる茅の輪とお守り
- 6時間をかけて、ついに完成!
新暦または旧暦の6月30日頃、全国の神社で半年間の罪や穢(けが)れを祓(はら)う神事「夏越の祓」に合わせて「茅の輪(ちのわ)くぐり」が行われます。紅葉八幡宮(福岡市早良区)では毎年7月11日の夏季大祭を前に、神職と氏子たちが茅の輪を手づくりします。茅(かや)を刈り、仕分け、組み上げるまでに約6時間。鎌とペンを手に記者も参加した茅の輪づくりを密着レポートします。
前編はこちら▶「茅の輪くぐり」って?〜紅葉八幡宮の平山禰宜に聞いた
朝9時前、茅を刈りにさあ出発
集合は9時前。宮司に見送られ、神職3人と成年会(氏子組織)5人による茅刈り隊が出発。土地所有者の許諾を得た早良区某所の駐車場へ向かいます。
「この鎌、ちゃんと研いだとね?」「研ぎすぎると指が飛ぶけん、錆(さび)があるくらいがちょうどいい」と笑いながら、腰の高さまで茂った茅をそれぞれ慣れた手つきで刈っていきます。「毎年刈ると茅の勢いが弱くなるので時々場所を変えます」と、紅葉八幡宮の禰宜(ねぎ)・平山道宜(みちよし)さんが教えてくれました。
記者は軍手こそ持ってきたものの、鎌を握るのも初めて。以前に氏子総代を長く務めたという山下俊郎さんに「お邪魔していいですか?」と尋ねると「邪魔してください!」とお許しいただけたので、いざ挑戦。「茅を束ねて、地を這(は)わせるように鎌を動かして」と教わりますが、思うように切れません。
「なるべく根元から刈らんと。鎌を入れやすいからって、上の方で刈ってしまうと茅の丈が短くて使えんとです」と"指導"を受け、その意味を後で思い知ることに……。
みんな、顔から汗が噴き出しています。「ビニールの素材でつくったら毎年使えるのにと言われるけど、それじゃあ神様に失礼でしょう」と、茅の輪づくりを十数年続ける山下さん。「私、もう後期高齢者ですよ。そろそろお役ご免にしてほしいけど、いっこうに……」と苦笑いです。
1時間ほどかけて刈り取った茅を束ねて軽トラックに積み込みます。境内の掃除を日課とする茅刈り隊の手にかかれば、撤収もあっという間。突然、すみかを刈り取られたコオロギが次々と飛び出してきたのが、少し気の毒でした。
笑顔でつくる茅の輪とお守り
神社に戻って一息入れ、11時30分頃から茅の選別をスタート。まずは長さで仕分けし、長いものは茅の輪に、短いものは神事の授与品「茅守(かやまもり)」に使います。手間がかかる作業なので助っ人が加わり、12人体制になりました。
氏子たちの手元を観察するうち、紛れ込んだ他の植物や綿毛、茶色い葉や根は取り除くことがわかってきました。短すぎるものや細いものは除外。記者が刈り取った一部のものは茅の輪にも茅守にも使えず、茅に申し訳ない気持ちになります。
黙々と手を動かす人もいれば、やいのやいのと楽しそうに作業する人もいます。地域の気になる噂(うわさ)や健康診断、昔話と話題は様々。「ビールをおいしく飲むためにやっとるようなもんやね」という声に、「焼酎がよかろ?」「しょっちゅう飲むから焼酎よ」とダジャレが止まらない2人は、神社の手伝いで出会った同い年なのだとか。
社務所2階では、茅守づくりも始まりました。作業場に入ると、すがすがしい香り。外では気づきませんでしたが、茅はとても爽やかな香りがします。
成年会の女性メンバーは、神事の授与品をつくる手伝いなどをしています。「私たちにとって、楽しくお守りをつくる時間はありがたいですよ」とにっこり。
6時間をかけて、ついに完成!
バケツ三つに茅がいっぱいになる頃、神職が直径2メートルほどのスポンジ製の輪を、運動会のように転がしてきました。これを芯にして茅を巻きつけていきます。
芯を両側から茅で挟み込んでは、養生テープで仮留め。茅で少しずつ円を描いていくような所作は、「みずみずしい茅が祓い清めてくれますように」という祈りそのもののように感じられました。
仮留めを終えたところで、トラブル発生。輪を縛る荒縄が絡まってしまいました。山下さんが知恵を絞り、椅子の脚を用いた糸巻きならぬ縄巻きを発案! 経験から湧いてくる工夫に、「縄の縛り方も、とっさの機転も僕らではなかなか。先輩の仕事に教わることばかりですね」と、若手の橋本聡さんは尊敬のまなざしを向けます。
参拝者が踏んでしまいがちな輪の下部分は、葉が乱れないように縄を隙間なく巻き付けておきます。そこから縄を斜めにかけて、緩みがないように4人で息を合わせてしっかりと縛っていきます。縄の間隔は定規で15センチずつ測るなど一手間を惜しまないことで、茅の輪がより端正に仕上がるのです。
1周して巻き始めに戻ってきたら、縄を針金でしっかり固定。一分の緩みもないよう最後まで気が抜けません。針金を切って、山下さんが「終わりっ!」と声を上げた瞬間、拍手が湧きました。
「今、裏の林で切ってきました」と、茅の輪の両脇に立てる青竹2本が運ばれてきました。街なかながら、身近なものを当たり前のように使って茅の輪をつくれる環境は希少なのではないでしょうか。
立てておいた支柱に茅の輪を縄でくくりつけます。きれいな円に見えるように、平山禰宜が確認しては縄の位置を調整し、最後に紙垂(しで)を取り付け。15時すぎ、ついに茅の輪の設置が完了しました。
「今年もみんなで、にぎやかにできてよかった」とホッとする氏子たち。転勤族として国内外で働いたのちに神社の近くに越してきた橋本さんは、感慨深い様子。散歩がてら、お参りに通い始めたことがきっかけで、3年ほど前に成年会へ入ったそうです。「年配の皆さんに地域のことを教わりながら、まつりの継承に関わる経験は貴重」と話します。
茅の輪が立つ瞬間のすがすがしさを神様にささげ、罪穢れを祓っていただく。それは、連綿と続いてきた祈りの輪なのかもしれません。茅の輪をつくるという身体の記憶を次の世代へ伝えていくことも、まつりの役目なのでしょう。
「手をかけてまつりを執り行うことは、簡単じゃないと毎年思います。人の手がありがたいですね」と平山禰宜。高取焼の風鈴が一斉に鳴ったと思いきや、雷鳴が。茅の輪の青さを長持ちさせる、恵みの雨が降ってきました。