夕日差す参道の先に「落ちない鈴」 福岡市西区の太郎丸神社
記事 INDEX
- 火災を乗り越えて!
- 「九大が見えるばい」
- 静かに向き合う夕景
福岡市西区にある太郎丸神社では10月と2月、参道の延長線上に太陽が沈む神秘的な現象が見られるという。この夕日が織りなす美しい光景を取材しようと訪ねた神社には、光のアートのほかに鈴にまつわるドラマがあった。
火災を乗り越えて!
神社で見る夕日といえば、宮地嶽神社(福岡県福津市)の「光の道」が広く知られている。10月と2月の一時期、玄界灘へ一直線に延びる参道の先に夕日が沈む神々しい情景を目にでき、多くの参拝者でにぎわう。三池港(福岡県大牟田市)の水門の間を抜けるように夕日が有明海を照らす「光の航路」(11月と1月)も人気を集めている。
夕日の取材で出かけた太郎丸神社。ここには「落ちない鈴」があり、”落ちない”にあやかりたい受験生らに支持されているそうだ。日没の時刻より少し早めに現地へ向かい、神社の氏子総代の一人、土佐路作人さん(70)に話を聞いた。
江戸時代に干拓工事が進められ、村が形成される過程で造られたという太郎丸神社は、地域のよりどころとして長く親しまれてきた。
神社が注目されたのは不幸な出来事からだった。2016年2月2日、火災で社殿を全焼した。周辺では連続不審火が発生しており、放火によるものとみられる。
そんな災難の中でも、お参りの際に鳴らす本坪鈴は、赤く焼け焦げながらも地面に落ちることなく、拝殿の柱に下がっていた。「奇跡だと思った」と土佐路さん。地域の手厚い支えもあり、火災の翌年には檜(ひのき)造りの立派な神社が再建された。
「九大が見えるばい」
「被災した鈴はどこに?」――。土佐路さんに尋ねると、「あれですよ」と指さした。焼けた鈴は京都に運ばれて、職人の手でよみがえり、拝殿で金色に輝いていた。今も毎週土曜の朝、氏子や九州大の学生たちが参加して鈴をピカピカにする「鈴磨きの会」を行っているそうだ。
火災に遭っても、焼け落ちずに残った鈴。この鈴の存在を広く知ってもらい、地域の「顔」にできないだろうか――。神社再建にあわせ、地域の人たちが協力して、鈴のモニュメントをつくることになった。
今や神社のシンボルにもなった「落ちない鈴」のモニュメント。実は、火災当時に小学6年だった女児のアイデアを、忠実に再現したものだという。受験生へのエールだろうか、台座には、鉛筆や定規、本などがデザインされている。
「九大合格」「全員合格」――。小さな白い石に願い事を書いて奉納できるようにし、絵馬を掛ける場所を境内に設けた。SNSで発信したところ、話題が徐々に広がり、受験生やその家族が参拝にやって来るようになった。
ある日、モニュメントのそばで氏子の一人が驚きの声を上げた。「鈴の穴から九大が見えるばい」。田園が周囲に広がる神社から、九大伊都キャンパスまでは2キロほど。「狙ったわけではなく、たまたま見えたのです」と神社総代長の冨永豊さん(69)は話す。「神様の配慮というのか、なにか因縁のようなものを感じますね」
受験シーズンが近づいてくると、受験生や保護者が「落ちない鈴」を目指して全国から訪ねてくるように。春には、お礼参りで足を運ぶ学生の姿も見られるそうだ。
静かに向き合う夕景
太陽が西に傾き、参道の鳥居の影が長く伸びる時間になった。太郎丸神社で”光の道”が見られるようになったのは2021年からだという。参道と太陽を遮るように立っていた松の木が伐採され、夕日が差す参道の美しさに気づく人が出てきた。
「夕暮れどきには、スマートフォンを手にした若い人も訪れているようです」と冨永さん。「落ちない鈴」ほどではないものの、夕景に興味をもつ人も少しずつ増えているようだ。
”本家”の宮地嶽神社に比べると、かなり控え目な「光の道」ではある。訪れた時期がやや早かったせいか人影は少なく、小さな神社の参道をやさしく照らす夕日に静かな心で向き合うことができた。冨永さんによると、太郎丸神社の夕景は10月末頃まで楽しめるそうだ。