「茅の輪くぐり」って?〜前編・紅葉八幡宮の平山禰宜に聞いた

例年7月8日頃、紅葉八幡宮に設置される茅の輪(紅葉八幡宮提供)

記事 INDEX

  • 「夏越の祓」とは…?
  • 「茅の輪くぐり」の謎
  • 罪と穢れがスッキリ

 2025年も折り返しを過ぎました。この時期、神社の神前に茅(かや)でつくった「茅の輪(ちのわ)」が設置されているのを見かけたことはありませんか? この輪をくぐることに、どんな意味やいわれがあるのでしょう。紅葉八幡宮(福岡市早良区)の平山道宜 禰宜(ねぎ)に聞きました。


平山道宜 (ひらやま・みちよし)さん

700年以上続く神職の家に生まれ、2019年から実家である早良総守護 紅葉八幡宮に奉職。禰宜を務めながら、「もみじさん」と親しまれる宮の歴史や神道について広く楽しく伝える活動も行う。

「夏越の祓」とは…?

――紅葉八幡宮は黒田藩の守り神ですね。お殿様も厄祓(ばら)いをしたのですか。

 していました。 歴代の藩主が紅葉八幡宮・筥崎宮・太宰府天満宮で厄災を避けるための祈願をした記録が残っています。『黒田家譜』『筑前国続風土記』には、藩に事あらば紅葉八幡宮にご祈願参拝されることが慣例となっていたと記されています。


3代目藩主・黒田光之により遷宮されて以来、紅葉八幡宮は1913年まで百道松原にあった(紅葉八幡宮提供)

――半年の節目に行う「夏越(なごし)の祓(はらえ)」も厄祓いの一つ?

 古来続く神事「大祓(おおはらえ)」の一つです。旧暦の6月が「夏越の祓」、12月が「年越の祓」。半年間に身についた罪や穢(けが)れを祓い、次の半年を心身とも清らかに過ごすために行います。なんと、奈良時代に夏のお祓いをしていたことを示す木製の人形が出土しているんですよ! 古の人は今の半年を一年という感覚で捉えていたとの説もあります。それもあり、半年ごとに行う風習が残っているのかもしれません。


茅の輪神事に参加する地域の人々(紅葉八幡宮提供)


――いつ、どんな神事をするのでしょうか。


 6月または7月の末に、全国の神社で「夏越の祓」が行われます。当宮は黒田藩主が定めた11日が祭日ですので、7月11日の夏大祭で茅の輪神事も行います。氏子の皆さんと朝から茅を刈りに行き、6時間かけて手づくりした茅の輪を立てて祓い清め、本殿で神事を斎行します。


刈ったばかりの茅で茅の輪をつくる氏子たち


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「茅の輪くぐり」の謎

――なぜ、茅を厄祓いに使うのでしょう?

 茅という字は、「くさかんむり」に「矛(ほこ)」と書きますね。矛のような形をした葉は手が切れるほどに鋭いので、罪や穢れを断ち切る魔よけの植物と信じられてきました。さらにもう一つ、言い伝えがあって。

――言い伝え? 気になりますね。

 「蘇民将来(そみんしょうらい)」という人の伝承を聞いたことはありますか? 全国に伝わる話ですが、『備後国風土記』の記述がルーツとされます。身なりのよくない旅人が泊めてくれと訪ねてきたとき、金持ちの兄は追い返し、貧しい弟・蘇民将来が手厚くもてなしたそうです。実はこの旅人は神様で、「茅の輪を腰につけると厄災や病から逃れられる」と言い残して弟を守ってくれたとか。この伝承にちなんで、茅の輪や「蘇民将来子孫」と書いた護符を身につけると魔よけになると信じられてきました。

――奈良時代の風土記が、今の神事につながるなんて!

 茅の輪くぐりのいわれは諸説あるんです。蘇民将来がもてなした神様をスサノオと捉える説もあって。神話の中で、スサノオはイザナギが海で禊(みそぎ)をしていたときに「鼻から生まれた神様」とされています。禊とは穢れを清める行為のこと。スサノオは、博多祇園山笠でおなじみの祇園神(疫病よけの神)でもあるので、禊や厄祓いにゆかりが深いんです。しかも、ヤマタノオロチを退治した強い神様なので、さまざまなストーリーと人々の願いが重なり、「夏越の祓」に結びついているのだろうと思います。


紅葉八幡宮では素戔嗚命(スサノオノミコト)を祭る


罪と穢れがスッキリ


――そもそも、「罪」ってなんでしょう。

 神道では、人は知らずうちに罪を重ねるものと考えます。人のあらゆる行動や感情は善い面と悪い面がセットになっているんですね。例えば、誰かに親切な行いをしても、他の人からは妬みを受けるかもしれない。SNSで「いいね!」が100件ついたら、それは100人から嫌われていることと表裏一体なのではないでしょうか。

 実は、神様ですら二面性があります。太陽を司る神様は作物の恵みを与える一方で日照りをもたらし、水を司る神様は田畑を潤すけれど水害も引き起こします。人も神様も相反する面が共存するもの。気づかぬうちに、人の身には悪い面が罪としてたまってしまうというわけです。

――なんとなくわかります。すると「穢れ」は……?

 目に見えないものなので、わかりにくいですよね。また例え話をしましょうか。ここに汚れたコップがあったとして、目の前で洗われたものを「どうぞ」と勧められても、あまり使いたくないですよね? この「なんか嫌だ」というモヤモヤ感こそ、穢れです。

 日本神話に登場するイザナギとイザナミは仲の良い夫婦神でしたが、イザナミがお産で亡くなって黄泉(よみ)の国へ行ってしまいます。愛する妻を追ったイザナギは、虫がわいて恐ろしい姿になったイザナミを見て、「気持ち悪い!」と逃げ出します。「身になにか嫌なものがついた」という感覚が穢れのイメージですね。

――罪や穢れはリセットできますか?

 できます(キッパリ)。たまってしまった半年間の罪や穢れを自力で祓うのは難しいので、神様のお力を借りる行事が「夏越の祓」です。心身ともスッキリ軽やかにリフレッシュされた状態は、心の免疫力が高くなっているとも言い換えられます。エネルギーに満たされ、災いにも強くなるのですね。


大鳥居を一歩入ると、すがすがしい気分になる

――茅の輪をくぐれば、祓ったことになる?

 はい。神様(本殿)から遠い左足から「失礼します」という気持ちで輪をくぐり、右足から出るという所作を3回繰り返すのが習わしです。たまに、足の順番やくぐる回数を間違えた!と慌てる方がいますが、神様に失礼にあたるわけではなく、落ち着いてやり直せばいいんです。「神様を大切に思っています。無病息災でいさせてください」と畏れる気持ちさえあれば。


茅の輪の隣に、くぐる手順が説明されている

――くぐり終えるとスッキリしますね。

 でしょう? 半年過ごすうちに体や気持ちがしんどいと感じるのは自然なこと。取り去ることができるとわかれば安心ですよね。何事も二面性を帯びてしまうのが人間です。やさしいけれど残酷、強いようで軟弱。自分のことを考えてほしいくせに人の話は聞けないとか、誰しも身に覚えがありますよね。こうした矛盾をひっくるめて人間と考えれば、自分にも他人にも慈しみがわいてきます。

 茅の輪をくぐるとスッキリした「気がする」。目には見えないけど確かに心地いいという体感があるからこそ、夏越の祓が長く続いているのではないでしょうか。


期間限定で配布される御朱印(紅葉八幡宮提供)は平山禰宜の手づくり

紅葉八幡宮
福岡市早良区高取1-26-55
TEL 092-821-2049
茅の輪くぐり 7月9日(水)〜15日(火)頃
夏大祭(茅の輪神事) 7月11日(金)11:00〜
人形代のお祓い  7月10日(木)、11日(金)18:00〜19:30
公式サイト


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