シャッターが「アメリカ」でにぎやかに 米軍基地があった福岡市・西戸崎地区

シャッターアートを描く学生たち

記事 INDEX

  • 米穀店など10か所にシャッターアート
  • 九産大造形短期大学部の学生らが協力
  • リトルアメリカと共存した歴史を発信

 1972年まで米軍基地「キャンプハカタ」があった福岡市東区の西戸崎地区で、アメリカをイメージしたシャッターアートが描かれました。住民の暮らしと米国文化が密接にかかわった歴史を、地域活性化につなげようという取り組みです。

<キャンプハカタ>
福岡市史などによると、1936年に福岡第一飛行場が完成し、戦争中は旧日本海軍の航空基地として使用された。戦後に米軍が接収し、朝鮮戦争時は輸送基地となった。新婚旅行で来日したマリリン・モンローが慰問で訪れた。返還後の跡地には、海の中道海浜公園やマリンワールド海の中道などが整備された。

米穀店など10か所にシャッターアート

 星条旗、マリリン・モンロー、自由の女神像があるニューヨークの風景――。JR香椎線・西戸崎駅近くの酒店や米穀店、家具店など10か所に描かれたアート作品は、どれも米国の雰囲気を彷彿とさせます。


マリリン・モンローなどを描いた作品

 「軍人さんを相手に、カクテルを作っていた思い出がよみがえります。街が彩られていいね」。基地内でバーテンダーとして働いていたという篠崎久さんは、そう言って笑顔を見せました。


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九産大造形短期大学部の学生らが協力

 シャッターアートは、地元の志賀商工会が企画し、九州産業大造形短期大学部(福岡市東区)に制作を依頼。学生たちが授業の一環でデザインから担当し、ボランティアのOBらを含む約40人が10月下旬、手分けして2日かけて完成させました。


化粧品店のシャッター

 作品は、店のシャッターが下ろされる店休日の日曜などに見ることができます。2年の久保山涼太さんは「見に来てくれた人たちに楽しんでもらえるように、絵に迫力を持たせました」と話します。

リトルアメリカと共存した歴史を発信

 基地の入り口があった西戸崎には当時、米軍人向けのバーや飲食店などが30~40軒あったといい、米軍人が使っていた建物などが現在も残っています。志賀商工会は昨年、キャンプハカタがあったことを伝える冊子を発行し、跡地を巡る自転車ツアーも開催しました。


米国の街並みや星条旗などが描かれたシャッター

 2022年には基地の返還から50年となります。商工会はシャッターアートを含め、今後も地域の歴史を活性化に役立てていく考えです。

 会長の井上準之助さんは、父親が基地内の食堂でコックの仕事に就いていたそうです。「西戸崎には基地で働く日本人も多く、『小さなアメリカ』がありました。そんな歴史や魅力を発信し、地域を元気にしていきたい」と話しています。(文・写真:木下倫太朗、手嶋由梨)


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