北九州市立美術館で「鉄と美術」展 館長と学芸員に思いを聞く

鉄製のオブジェなどが展示された会場

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  • 国鉄と製鉄の街で
  • 「戦争画の里帰り」
  • 街づくりとアート

 125年前に国内初の銑鋼一貫製鉄所が創業し、日本の近代化を支えた北九州市の歴史をアートでたどる展覧会「鉄と美術 鉄都が紡いだ美の軌跡」が、同市戸畑区の北九州市立美術館で開かれています。企画したのは、同市出身の館長・後小路雅弘さんと、同館学芸員の落合朋子さん。北九州ならではの展覧会に込めた2人の思いを聞きました。

国鉄と製鉄の街で

 「私は旧小倉市生まれで、父は旧国鉄職員でした。‟国鉄ファミリー‟と‟製鉄ファミリー‟の両方の空気に触れて育ったのです」と後小路さんは話します。

 小学生の時に小倉や門司、八幡など旧5市が合併し、人口103万人の北九州市が誕生。父親の転勤で、門司区や八幡西区などの五つの小学校に通いました。九州における鉄道の拠点となった門司は「国鉄の街」で、1901年に官営八幡製鉄所が創業した八幡は「製鉄の街」。それぞれの地域の特色を感じていたそうです。


北九州市立美術館の前で「鉄と美術」展への思いを語る後小路さん(右)と落合さん

 福岡県立門司高校(現・門司学園高)から九州大への進学で福岡市に移り、同市美術館などの学芸員から九州大教授を経て、2021年に地元・北九州市の市立美術館長に就任。「ふるさとへの貢献として、"鉄"を巡る展覧会を開きたい」という思いを温めてきました。

 落合さんは広島県海田町の出身。「隣接する広島市は1945年8月6日、原爆投下で焼け野原になり、そこから歴史を積み重ねてきました。北九州の歴史的な起点は何かと考えると、官営八幡製鉄所が操業を開始した1901年だと思いました」と話します。

 当時、人口1200人あまりの八幡村が、日本初の銑鋼一貫製鉄所の建設地に選ばれ、「鉄都」として発展した歴史に着目。2020年2月に同館で「コレクション展Ⅲ 特集:鉄」を開催しました。しかし、コロナ禍のため、開幕から1週間弱で中止を余儀なくされました。

 その後、コロナ禍が収束し、"鉄"に思い入れのある2人が協力して企画を再構成したのが、現在開催中の展覧会「鉄と美術 鉄都が紡いだ美の軌跡」です。


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「戦争画の里帰り」

鉄道がやってきた

 展覧会場に入ると、まず目を引くのが、1902年に官営八幡製鉄所で製造されたという古めかしい鉄のレール(長さ72センチ)です。操業の翌年に製造、出荷されたとみられ、現存が確認できる国産レールとしては最古のものです。


レール 1902年 日本製鉄株式会社九州製鉄所蔵 撮影:長野聡史

 「1902」の刻印があり、線路として使われた後は、北海道の旧札幌駅の柱に使われていたそうです。駅が解体された時に見つかり、現在は日本製鉄九州製鉄所が所蔵しています。

 日本の鉄道は、その30年前の1872年、新橋―横浜間で初めて開業しました。展覧会場には、蒸気機関車が走る様子を描いた歌川広重(三代)の浮世絵「河崎鶴見川蒸気車之図」(1872年)が展示されています。背景の富士山や、馬に乗る人々の様子など、当時の風景を伝えています。


歌川広重(三代)《河崎鶴見川蒸気車之図》1872年 北九州市立美術館蔵

 当時、レールの製造に使われる鉄鋼はほとんどを輸入に頼っており、国産化を目指そうと製鉄所建設の機運が高まりました。旧八幡村が候補地に選ばれ、1891年には旧門司駅が開業。門司を起点にレールの敷設が進み、製鉄所の建設が進行する八幡には各地から様々な人たちが集まってきました。

竹久夢二が働いていた

 大正ロマンを代表する画家・竹久夢二(1884~1934年)は、1900年に家族とともに岡山から八幡に移り住みました。父親の菊蔵は、製鉄所の開業を前にした八幡に仕事を求めて来たそうです。当時16歳の夢二も、製鉄所の製図筆工として一時期働いていたといわれています。

 夢二は芸術の道を志し、翌年に家出して単身上京。家族は1925年ごろまで八幡に住んでいたそうです。

 展覧会場では上京から約20年後の夢二の作品4点が展示されています。また、夢二の住居跡(現在の八幡東区)には、「風まどい 夏色の影 夢二あと」と刻まれた碑があり、地域とのつながりが残っています。

製鉄所を狙った空襲

 「鉄」と戦争との関係を示す作品も多く紹介されています。中でも異色なのは、第二次世界大戦末期の八幡大空襲の光景を描いた「北九州上空野辺軍曹機の体当りB29二機を撃墜す」というタイトルの油絵です。

 作者は、福岡県宗像市出身の洋画家・中村研一(1895~1967年)。帝展や日展で活躍し、太平洋戦争中には軍の依頼で戦争記録画を多く手がけました。

 この作品は、八幡製鉄所を標的にした2回目の空襲(1944年8月20日)での特攻作戦を記録したものです。旧日本軍の野辺重夫軍曹と高木伝蔵兵長が搭乗した「屠龍(とりゅう)」が、米軍機1機に体当たりし、破片が別の1機にも当たって3機とも墜落。空は残光できらめく破片に覆われたといいます。


中村研一《北九州上空野辺軍曹機の体当りB29二機を撃墜す》1945年 東京国立近代美術館蔵(アメリカ合衆国より無期限貸与)


 壮絶な特攻の光景ですが、青い空に閃光(せんこう)のような白っぽい光が柔らかい色合いで描かれています。後小路さんは「まるで彼岸の世界のような、突き抜けた感じがする。『行き着くところまで行く』という当時の日本人全体の精神状態を表しているようだ」と評します。


米国から戻った戦争画

 こうした戦争記録画は戦後、米国に持ち去られ、1970年に153点が無期限貸与の形で日本に返還されました。現在は東京国立近代美術館(東京都千代田区)で保管されていますが、これまでまとまった形での公開は控えられてきました。

 2025年、戦後80年の節目に同館で開催された企画展では、中村研一をはじめ、藤田嗣治、小磯良平ら名だたる画家の戦争記録画が紹介され、話題を呼びました。

 八幡大空襲での戦闘を描いたこの1枚は、北九州とのつながりがあることから、東京での企画展ではなく、北九州市立美術館での展示が実現したそうです。

 後小路さんによると、戦争記録画は、開戦当初は中国大陸や東南アジアで日本軍が華々しい戦果を挙げた様子が描かれ、戦争末期になると、藤田嗣治による「アッツ島玉砕」など凄惨(せいさん)な戦闘の状況が描かれるようになりました。その中で、日本国内での空中戦を描いた中村研一の作品は異色で、「戦争画の里帰り」とも言えそうです。「八幡上空は、まさに北九州市立美術館の目の前の空。ここで悲惨な戦闘が展開されたことを改めて想像し、平和の尊さを感じてほしい」と後小路さんは話します。


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街づくりとアート

 「鉄と美術」の見どころの一つは、北九州を象徴する鉄のアートの数々です。実際に手で触れて、質感や重みを確かめることのできる作品も展示されています。


母里聖徳さんの「《鐵偶》マケット 2022年」は手で触れて、一部を回すことができる


 こうした鉄のアートの特徴は、作家だけでなく企業の技術者が協働して制作することです。鉄の街に長年蓄積された技術によってこそ、実現できたものなのです。

 戦後、北九州市は製鉄業を中心に「北九州工業地帯」として栄えましたが、1970年代に「鉄冷え」と呼ばれる不況に見舞われます。そんな中で、アートでのにぎわいづくりを目指して1987年に開かれたのが「国際鉄鋼彫刻シンポジウム」でした。


 福岡県嘉麻市在住の彫刻家・母里聖徳さんらが企画し、国内外から招いた美術家たちに1人あたり30トンの鉄資材を提供。近隣の工場の技術協力で制作が行われました。


 作品は、官営八幡製鉄所の創業地である「東田高炉記念広場」に展示されました。このうち、シンポジウムの中心的作家、フィリップ・キングの作品「牡牛座の月」は、八幡東区の平野緑地に移設されました。北九州市立美術館に隣接する「美術の森公園」にも、国内の作家2人による作品2点が移設展示されています。

 93年に開かれた「第2回国際鉄鋼彫刻シンポジウム」は、北九州市で瓶と缶の分別収集が始まったのに合わせて、「リサイクル」がテーマとなりました。市民が集めた空き缶を溶かした材料や、企業から提供された資材を使い、彫刻作品が制作されました。


フランク・ステラ《八幡ワークス》1993年 北九州市立美術館蔵

 中心的作家のフランク・ステラによる「八幡ワークス」という作品は、北九州市立美術館の敷地内に展示されています。

 93年のシンポジウム後、八幡製鉄所の操業年である「1901」の年号が記された東田第一高炉(高さ70メートル)が老朽化のため解体されることになりましたが、保存を求める市民運動によって解体を免れました。東田第一高炉は市文化財として指定され、北九州市を象徴する場所になっています。


2021年に東田第一高炉跡で開かれたライトアップイベント

 2021年には、同市八幡東区の東田地区を中心に、環境をテーマにした「北九州未来創造芸術祭ART for SDGs」が開かれ、東田第一高炉跡を様々な色の光でライトアップするイベントが行われました。

 後小路さんは「作家と企業人と技術者たちの無私の努力が、この街のありようにもつながっている。製鉄所があったからこそ生まれた歴史とアートの軌跡について、展覧会を通して伝えたい」と話します。


「歴史とアートの軌跡を伝えたい」


 「鉄と美術 鉄都が紡いだ美の軌跡」(読売新聞社などの実行委員会主催)
 3月15日まで。製鉄所が収集した福岡市出身の洋画家・児島善三郎の「ぼたん」や、山本作兵衛、ピカソの絵画も展示されている。観覧料は一般1500円、高校・大学生800円、小中学生600円。月曜休館(祝日の場合は翌火曜休館)。問い合わせは北九州市立美術館(093-882-7777)へ。


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