特別展「磯崎新の原点」 世界的建築家の軌跡を学芸員に聞いた

「丘の上の双眼鏡」と呼ばれる北九州市立美術館を背に、特別展への思いを語る落合さん(右)
記事 INDEX
- 街づくりと芸術の原点
- 大分から福岡、世界へ
- 「四島コレクション」も
世界的な建築家だった磯崎新さん(2022年に91歳で死去)の活動を紹介する特別展「磯崎新の原点 九州における1960-70年代の仕事」が、北九州市立美術館(北九州市戸畑区)で開かれています。各地で街のランドマークとなる建物を数多く手がけた磯崎さんの軌跡について、担当学芸員の落合朋子さん(42)に聞きました。
街づくりと芸術の原点
「この美術館自体が、磯崎さんの作品です」。そう話しながら、落合さんは「丘の上の双眼鏡」と呼ばれるユニークな形の建物を見上げました。
建物の上部に突き出た2本の直方体は、たしかに双眼鏡のように見えます。高台にあるため、北九州市の市街地や工場群が一望でき、その向こうには響灘が広がり、アートだけでなく、絶景も楽しめる美術館です。
40歳代前半の若手建築家だった磯崎さんに設計が任された北九州市立美術館がオープンしたのは、1974年のこと。当時の北九州市は、一大工業地帯を抱える九州最大の都市として、100万人を超える人口を誇っていました。
同じ74年に北九州市小倉北区に完成した市立中央図書館も磯崎さんの設計です。青緑色の曲がりくねった屋根が特徴的で、現在も図書館や文学館として使用されています。77年には、ワイヤで外から屋根をつった西日本総合展示場がオープン。磯崎さんは、勢いある100万都市の街づくりを担っていました。
「図書館は公園に囲まれていて、青緑色の屋根が風景に溶け込んでいます。海のそばにある西日本総合展示場は帆船のマストなどをイメージしたデザイン。建物が残っているからこそ、場所や用途に応じた設計理念の違いを実感できます」と落合さんは話します。
大分から福岡、世界へ
磯崎さんのキャリアは、1960年代に地元・大分から始まりました。
東京大学で建築学を学び、東京都庁などを設計した丹下健三氏に師事。父母が早くに亡くなりますが、実業家だった父の友人たちが気にかけてくれ、その推薦で最初の作品となる大分県医師会館(1960年)を設計したそうです。
その後、66年にオープンした大分県立大分図書館(現・アートプラザ)が、日本建築学会賞を受賞。67年に完成した旧福岡相互銀行大分支店は、筒状のモダンな外観が注目され、米経済誌フォーチュンで紹介されました。そうした実績が認められ、活躍の場が広がっていきました。
福岡市では1971年、磯崎さんが手がけた福岡相互銀行(現・西日本シティ銀行)の本店ビルが博多駅前に完成しました。「駅前のシンボルだった茶褐色のビルを懐かしく思い出す人も多いのではないでしょうか」と落合さんは話します。
「(完成まで)あと三六五日」「いよいよ今年おめみえ」――。特別展で展示されている当時の社内報「ホームぎんこう」からは、新ビル完成への期待感が伝わってきます。
また、落成を記念して作成されたパンフレットには、磯崎さん自身が「設計者の言葉」として、「まさに銀行がエネルギーに充ち溢れ、それが鋭く都市の空間に向って放射されている」と記しています。
当時の福岡市の人口は90万人ほどでしたが、山陽新幹線の岡山―博多間が開通した1975年には100万人を超えました。福岡市はそれから50年にわたり発展し続けています。
福岡相互銀行はその後、福岡シティ銀行を経て西日本シティ銀行となりました。本店ビルは老朽化が進み、磯崎氏の許可も得て取り壊されました。現在建築中の新ビルは、2026年1月に完成する予定です。
「四島コレクション」も
今回の特別展のもう一つのテーマは、磯崎さんと、福岡相互銀行の社長だった四島司さん(2015年に死去)との交流。そして、2人の交流から生まれた「四島コレクション」です。
西日本シティ銀行の建て替え工事に伴い、四島コレクションのうち計36点を北九州市立美術館が預かっており、今回の特別展では35点を一挙に紹介しています。
もともと美術鑑賞が好きだった四島さんは、磯崎さんからの提案を受けて、本店内に飾る美術作品の制作や応接室の内装を、現役の芸術家たちに任せました。
役員が集まるフロアだった6階受付ロビーには、20世紀後半を代表する米国抽象表現主義の画家、サム・フランシスが福岡を訪れて描いた作品が飾られました。
4か所の応接室を担当したのは、磯崎さんのほか、日本の現代美術界をリードしていた野見山暁治さん、斎藤義重さんと、福岡を拠点に画家、グラフィックデザイナーとして活躍した西島伊三雄さんでした。
斎藤さんは、応接室のソファセットなど家具も設計したそうです。特別展では、関係者しか見ることのできなかった作品や応接室内部の写真を紹介しています。
四島さんは、磯崎さんや作家たちとの交流を通して、現代美術作品の収集に力を入れるようになったそうです。本店1階のエントランスホールには、戦後ドイツを代表する画家、アンゼルム・キーファーの「哲学者の庭」という大作が飾られました。ホールには20世紀のイギリスを代表する彫刻家、ヘンリー・ムーアの彫刻作品も置かれました。
四島さんはムーアがとても好きだったそうです。1986年に福岡市内でヘンリー・ムーア展が開催されたのを機に、四島さんが会長を務めていた「博多駅周辺発展会」が働きかけ、88年にJR博多駅前にムーアの彫刻「着衣の横たわる母と子」が設置されました。
「四島さんは磯崎さんのパトロンでしたが、四島さんも磯崎さんから芸術面で大きな影響を受けました。そのことが、四島コレクションから分かります」と落合さんは話します。
グッズも人気
磯崎建築をモチーフにした関連グッズも販売されています。「サコッシュ」と呼ばれる小ぶりの肩掛けバッグ(税込み2200円)、クリアファイルA4(550円)、美術館の外観を双眼鏡に見立てた組み立て式の「イソグラス 米寿記念版」(3300円)などが人気だそうです。
3月16日まで
特別展「磯崎新の原点 九州における1960ー70年代の仕事」は3月16日まで。北九州市立美術館の開館50周年を記念した企画です。模型やパネル写真、刊行物など計174点を展示。一連の仕事や設計の思想をたどることができます。
入場料は一般1500円、高校・大学生1100円、小中学生900円。問い合わせは北九州市立美術館(093-882-7777)へ。
■ 磯崎建築巡りも
特別展を機に、磯崎さんが設計した建物を訪ね歩くのも楽しそうです。
磯崎さんは、2019年に「建築界のノーベル賞」とされる米プリツカー建築賞を受賞しました。出身地の大分県では、岩田学園(1964年)や、富士見カントリーのクラブハウス(1974年)、JR九州の由布院駅舎(1990年)、別府国際コンベンションセンター・ビーコンプラザ(1995年)などが現在も使われています。
福岡市で現存している建物は、中央区の鮨(すし)店「やま中」の本店(1997年)と、基本設計に携わった東区の水族館「マリンワールド海の中道」(1989年)だそうです。
海外でも、アメリカのロス・アンゼルス現代美術館(1986年)や中国・上海証大ヒマラヤ芸術センター(2010年)、カタール国立コンベンションセンター(2011年)など数々の建築物があります。
落合さんは、岡山県の奈義町現代美術館(1994年)がイチオシだそうです。磯崎さんが現代美術の作家たちと協働し、作品と建築空間が一体化した「第3世代の美術館」として設計。円筒や半月などユニークな形状の外観で、建物そのものが空間芸術作品としてファンの注目を集めています。
「そうした取り組みの原点には、旧福岡相互銀行の本店を作家たちと一緒に美術作品で彩った経験があったのかもしれないですね」と落合さんは語ります。
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