【大分】旧日本軍の新映像14点 「豊の国宇佐市塾」が発掘

 第2次世界大戦の映像資料を発掘している大分県宇佐市の市民団体「豊の国宇佐市塾」は5月9日、新たな映像14点(カラー、モノクロ各7点、計28分52秒)を発表した。旧日本軍の特攻を記録した映像のほか、これまでは米軍が撮影した映像が多かった中、日本側が撮影して米軍が回収した珍しい映像も公開された。


公開した映像について説明する織田さん

手記から撮影者特定

 同塾では、塾生の織田祐輔さんが米国立公文書館から映像を入手し、部隊や場所などを調査、特定して発表している。

 日本側が撮影していたのは、1943年4月7日に旧海軍の艦上爆撃機がブーゲンビル島(現・パプアニューギニア)のブイン航空基地を発進し、激戦地だったガダルカナル島方面へ出撃する際の映像。出撃前の訓示の様子や、宇佐海軍航空隊で訓練した西田精一・2等飛行兵曹の操縦する機から撮影した飛行中の爆撃機の編隊が映っている。

 撮影者は大分市出身の松浪清・上等飛行兵曹の手記から、偵察員の工藤重信・2等飛行兵曹だと判明した。映像には松浪氏とみられる人物も映っていた。

 西田機はその後撃墜され、米軍が機体の残骸から映像フィルムを回収した。戦時中に米軍が編集した映像作品に使われたという。日本ではあまり見ることのできなかった映像で、織田さんは「撮影した人物が特定できるのは珍しく、貴重な映像ではないか」と話す。

 そのほか、44年10月30日にフィリピン東方海域で米軍により撮影された映像は、「葉桜隊」と名付けられた海軍特攻隊の6機全てが米空母を狙って特攻を行う瞬間が映っている貴重なものだという。特攻作戦が始まった初期の映像記録で、米軍も特攻の実態を伝えるために詳細に記録したとみられる。6機の搭乗員も分かっており、織田さんは「一つの部隊の最後がわかる数少ない史料」と話した。


対空砲火で被弾して火を噴きながら飛ぶ陸上爆撃機「銀河」=豊の国宇佐市塾提供

 45年3月18日の鹿児島県・種子島沖での特攻映像は、飛行中の陸上爆撃機「銀河」が被弾した様子を鮮明に記録。45年8月10日の鹿児島県薩摩川内市、いちき串木野市への機銃掃射の映像は、両市史にも記録のない空襲だという。


機銃掃射される宮崎県川南町の唐瀬原飛行場の格納庫=豊の国宇佐市塾提供

 45年7月30日の宮崎県川南町の陸軍唐瀬原飛行場への空襲映像は、飛行場の格納庫や当時の国鉄日豊線周辺の建物が機銃掃射される様子が分かる。織田さんは「同町への空襲映像が確認できたのは初めて」と説明する。

 このほか、44年12月13日に名古屋市がB29による初めての爆撃を受けた時の映像や、45年4月15日、那覇市の沖縄県立第一中学校(現・首里高校)が機銃掃射されるカラー映像、45年7月5日に長崎県大村市が空襲を受けた際の映像もあった。

5月16日 イベントで一般公開

 織田さんは「戦後81年目を迎え、証言者が少なくなり、体験を聞こうと思っても難しくなっている。映像を、戦争の記憶を後世に引き継ぐためのツールに使ってほしい」と話した。

 公表した映像は、5月16日に同塾が宇佐市の宇佐海軍航空隊跡地で開催するイベント「平和ウォーク」で一般公開する。


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