コスプレ公務員から市議会議員に 「バナナ姫ルナ」が政治家になったわけ

記事 INDEX

  • デジタル選挙戦を制してトップ当選
  • 北九州市は課題先進地
  • バナナ姫の復活はどうなるの?

 人口減少や基幹産業の衰退によって苦闘する福岡県北九州市。市公認コスプレ公務員「バナナ姫 ルナ」として有名になった元北九州市職員の井上純子さんが、市議選に挑戦して初当選を果たしました。井上さんが公務員を辞めて市議になった理由とは。北九州市の課題から、全国の地方都市が抱える問題が見えてきました。

デジタル選挙戦を制してトップ当選

 1月31日に投開票された北九州市議選。井上さんは立候補した八幡西区選挙区で6919票を獲得し、トップで当選を飾りました。新型コロナ禍の選挙運動ではSNSを駆使し、街頭演説やポスター貼り、昼食時までライブ配信しました。

 「後援会と呼べるほどのリアルな支持組織はなく、従来型の選挙戦はしませんでした」。意識したのは、SNSを駆使した『ネットで会いに行ける候補』。雨の日は無理して街頭に立つよりネットでの呼びかけにシフト。選挙期間中に巡ってきた長男の誕生日には、選挙運動を早めに切り上げて家族との時間を大切にしました。

 選挙告示日の街頭演説の動画はツイッターで1万回、開票日に配信した当選報告の動画は5万回再生されています。


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 「応援のメッセージが多くて心強かったです。女性や子育てをするママたちからは『同じ目線で課題を発信してくれてうれしい』と励まされましたし、街頭演説での"出待ち"をしてくれた方もいました。コロナ禍の今、女性やママたちは思っている以上に不安を抱え、支援を必要としているのです」

 対照的に、今回の市議選では自民党の現職候補6人が落選しました。当選10回を数えていた候補は、緊急事態宣言下で自宅で過ごす市民に配慮し、選挙カーによる遊説は行わず、集会も開きませんでした。「落選するとは思わなかった」。このベテラン候補の敗戦の弁です。

公務員がバナナ姫になったわけ


持ち物からマスクまで井上さんのイメージカラーはバナナ姫ルナを意識した黄色だ

 井上さんは3人の子どもを育てるシングルマザーでもあることを公表しています。

 「20代前半の約5年間は産休で、市職員としてほとんど働けていませんでした。復帰後も休みが取りやすく、早めに帰宅しやすい部署に配属してもらった一方、仕事を全て任されることもありませんでした。キャリアとしての遅れを感じていましたし、貢献できていないという焦りはありました」

 転機が訪れたのは2015年。市内で開催されたハロウィーンの仮装コンテストでグランプリを獲得。市役所の企画会議で、北九州市・門司港で生まれたバナナのたたき売りをモチーフにしたキャラクターに扮してPR役を務めることを提案し、コスプレ公務員「バナナ姫 ルナ」が誕生しました。


バナナ姫 ルナのコスプレでJR門司港駅のホームに立つ井上さん(2018年12月3日撮影)

 「市職員として貢献したい、役に立ちたい、成果を出したいという気持ちは強かったです」。少ない予算の中でどうやったら北九州市の情報発信が注目されるのか、市職員たちの創意工夫で誕生したのがバナナ姫でした。

 コスプレ公務員は各メディアで取り上げられ、ネットメディアが主催した「地方公務員が本当にすごい!と思う地方公務員アワード2018」を受賞。2018年にバナナ姫 ルナのコスプレから一度は引退したものの、約半年後にボランティアで活動を再開。北九州市のPRに貢献し続けました。


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なぜ政治家に?

 仕事と家庭を両立しながら安定した暮らしができていた状況で、どうして市議選に立候補したのでしょうか。

 「新型コロナウイルスの感染が拡大するにつれ、市民が必要としている情報が、きちんと届いていないと感じるようになりました。新型コロナによって時代が大きく変化する中、市民に選ばれる議員として、より市民に近い立場から北九州市政に向き合いたいと思いました」

 井上さんが指摘するように、新型コロナの感染拡大に伴い、自治体の公式サイトはアクセス数が急増しています。北九州市の公式サイトは、2020年1月に月間約330万回だったのが、4か月後には1900万を超えるまでに急拡大。その後も新型コロナの感染状況に同調してアクセス数は上下しています。


コロナ禍の拡大に伴って急増していることが分かる

 一方で、必要とする情報にたどり着けず、サイト内で「迷子」になっている利用者が散見されるようです。それを受け、井上さんは個人のツイッターアカウントで北九州市の感染者情報を毎日発信し始めました。市議になった今も途切れることなく続けています。「SNSでは市政の課題も含め、さまざまな意見をいただきます。リアルに市民の声を聞くことで、市議選に挑戦する気持ちが固まっていきました」

課題先進地・北九州の問題は全国共通のテーマ


 官営八幡製鐵所から続く「製鉄の街」として、かつては福岡市をしのぐ規模だった北九州市。しかし、製鉄業の地盤沈下とともに、人口は1979年の106.8万人をピークに緩やかに減り続けています。2005年に100万人の大台を割り込み、現在は93.5万人(2020年9月推計人口)にまで減っています。

 対照的なのが福岡市です。九州一円だけでなく、アジア圏のヒト・モノ・カネを吸収して拡大を続け、2020年には初めて人口160万人を突破しました。


大規模な再開発「天神ビッグバン」が進む福岡市・天神地区

 基幹産業の衰退、雇用の減少、若者の流出、高齢化、公共施設の維持費増大――。

 人口減少が進行する日本で、北九州市は、多くの地方自治体が直面している、解決の糸口が見えない課題に早くから向き合ってきました。

 「北九州市は日本社会の課題の先進地です。全国の地方都市の縮図とも言えます。北九州市は今、市民と問題意識を共有して解決すべき課題に優先順位をつける局面にあります。全てをまとめて解決することはできませんが、そうやって課題を克服することで、同じ問題で苦しむ全国の地方都市にとっての希望になれるはずです」


井上さんの選挙区でもあるJR黒崎駅前は百貨店の撤退などで日中も閑散としている

 さらに、元市職員としての経験からこう語ります。

 「市職員だって必要性や効果に疑問を持ちながらも実施している事業はあります。予算や人手に限りがある中、多くの市職員も苦しんでいます。人員は少なくなるのに、市の浮揚のため目新しい取り組みも求められます。一人の職員が複数のプロジェクトを兼務していることも珍しくなく、業務の負担は増しています」

既存政党には属さない立場で発信したい

 井上さんは既存政党の会派には属していません。「政策実現に関しては確かに多数決です。しかし、政党に縛られて自由に意見が言えなくなるのは嫌。まずは自分が実現したいと考えている政策を議会で訴えてみようと思っています」。井上さんが率先して取り組もうとしているのが子育て支援の拡充です。


市議会の委員会に出席した井上さん

 「私の場合、公務員という強固に守られた職業だったので、産休などの福利厚生は当たり前でした。一方で、それが『当たり前』でない現実があります」

 「仕事と家庭を両立したいと望んでも、実現できない女性は多いです。出産や子育てで仕事を離れると、復職には大きなハードルがあります。シングルマザーの中には、コロナ禍で不安を抱えながら生活をしている人がたくさんいます。そういったママたちが安定して仕事ができ、負担を軽減できる支援を充実させたいです」

バナナ姫ルナの復活はあるか?


 最後に気になっていた質問をしました。バナナ姫ルナの復活はあるのでしょうか。「今は市職員から政治家へと立場が変わりました。一時的であっても、市議がバナナ姫というキャラクターになることが、市民からどう捉えられるのか」と、自身の復活には消極的なようです。

 一方、バナナ姫ルナを残していきたいという思いものぞかせ、こう語りました。

 「次世代から2代目のバナナ姫ルナが誕生して、それをフォローする立場でありたいというのが私の一番の願望です。私は北九州市政を検証して課題を市民と共有します。北九州市がより良い方向に向かっていくと信じて、私は市議としてこれまでと変わらずに北九州市を発信し続けます」



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