西日本新聞の「ラーメン記者」が語るコロナ禍に応援したくなるラーメン店の話
記事 INDEX
- 厨房で織りなされる家族ドラマ
- 「警察犬」と書いて「おれ」と読む
- やっぱり豚骨! 豚骨回帰論
コロナ禍で苦境に立たされている飲食業界。屋台に象徴される福岡の食文化、ラーメンも例外ではない。コロナ禍をきっかけに暖簾(のれん)を下ろす老舗も増えているという。"豚骨党"の福岡県民には誰しも応援したいラーメン店があるだろう。各地を食べ歩いてきた西日本新聞社の「ラーメン記者」こと小川祥平さんに、今すぐにでも訪れたい魅力的なラーメン店の秘話を聞いた。
小川祥平さん
1977年生まれ。西日本新聞社出版グループ。2007年西日本新聞社入社。佐賀総局、文化部、東京支社報道部などを経て現職。著書に「ラーメン記者、九州をすする!」。CROSS FMで毎月ラーメンと音楽を紹介している。
厨房で織りなされる家族ドラマ
小川さんは2014年から3年間、ラーメン店の歴史や店主の人柄をひもとく「ラーメンのれんのヒストリー」を西日本新聞で連載。連載は書籍「ラーメン記者、九州をすする!」(西日本新聞社)にまとめられ、現在は続編「ラーメンのれんのヒストリー 替え玉」のほか、フリーマガジンでも連載をしている。
「老舗といわれるラーメン店が相次いで店をたたんでいく姿を目の当たりにし、歴史を記録しておきたいと始まった連載でした」
小川さんをとりこにした店にはどんな魅力があったのだろう。福岡市中央区にある老舗「元祖赤のれん 節ちゃんラーメン」には忘れられない思い出があるという。
「中高生時代に小遣いを握りしめて通いました。今は大名に移転していますが、当時は天神の博多大丸の近く。その頃の思い出が鮮烈で、厨房を見ているのが面白かった。よく親子で喧嘩(けんか)してたんですよ」。笑いながら当時を振り返る。
「大喧嘩をしていたのに何かの拍子にぱっと仲直りして。当時は家族経営のラーメン店がほとんどで、厨房は家族ドラマを見ているようでした。昭和っぽい雰囲気が見ていて楽しかったです」。赤のれんには今も足を運ぶという。
「警察犬」と書いて「おれ」と読む
福岡県久留米市の国道3号沿いにある「丸星ラーメン店」も高校時代の思い出。こちらも「昭和っぽい」という言葉がぴったりの店だ。
「店内に警察犬のポスターが貼られ、警察犬を歌った演歌の歌詞も飾られていました。『警察犬』と書いて『おれ』と読む歌。当時の店主は警察犬のブリーダーをしていたらしいです。あと、なぜかスイカやバナナなんかを売っていました」。そんな謎も、新聞連載の取材で解くことができた。
「ラーメン店の前には八百屋をしていて、その名残で果物を売っていたそうです。昭和の懐かしい風情、和気あいあいとした温かさが今も残る名店です」。ただ、店を訪れて確認したところ、現在は警察犬のポスターも警察犬の歌詞も姿を消していた。
そして、父親に連れられて幼い頃から食べていたというのが、言わずと知れた通称『ガンナガ』こと「元祖長浜屋」(福岡市中央区)だ。
「元祖長浜屋は食券機がなかった頃、店員が客を1杯、2杯と『杯』で数えていました。客を『杯』で数えたら怒られそうですが、"元祖"だから許されます」
灰皿を借りようとしたら「床に捨てろ」と言われたとか、半替え玉を注文したら一玉ゆでて半分捨てていたとか、ガンナガには都市伝説にも似た逸話も多いが、小川さんいわく「店に取材したところ、すべて実話だそうです」とのこと。
小川さんは味以外に、大切にしていることがある。「よく『あそこの店は味が落ちた』などと耳にします。老舗の魅力はラーメンの味だけで語られるものではないと思っていて、暖簾を守ってきた店の歴史や物語にも味わいがあるんです」。ラーメン屋の暖簾の向こうには、味わい深い人間模様があるという。
コロナ禍でラーメン文化がピンチに
福岡県民にとってラーメンは庶民の味。しかし、材料費や光熱費の上昇、大規模再開発が進む福岡市・天神界隈では高騰する家賃など、経営環境は年々厳しさを増す。
さらにコロナ禍。「人気店であっても難しい経営を迫られています」。行政からの要請で時短営業をしたり座席を間引きしたりするのは、回転率で勝負するラーメン店には大きな痛手だ。
「ガス代だけで数十万円と話す店主もいました。ラーメンはリーズナブルな食べ物だと県民にすり込まれていて、店側は価格を上げにくいようです」。重労働で薄利多売。後継者不足で暖簾を下ろす店が増えているという理由も納得できる。
やっぱり豚骨! 豚骨回帰論
福岡県内でも鶏白湯や家系など豚骨以外のラーメン店が次々と誕生し、多様な味を競っている。小川さんも多くの店を連載で取り上げてきた。
これからの福岡ラーメン文化を小川さんは次のように語る。「伝統的な豚骨ラーメン、博多ラーメンに回帰するのではないでしょうか。最近は非豚骨のスタイリッシュなラーメン店が増えています。そうなると逆に、人は古き良き豚骨ラーメンを食べたくなります。福岡県民が豚骨のおいしさを再認識する時代が来ると思っています」
店の歴史や人間味を知ると、ラーメンがひと味違ってくるという。ただ、小川さんは笑いながらこうも付け加えた。「こんな職人気質の大将がいました。『店の歴史とかどうでもよか。目の前の一杯で十分じゃなかですか』って」。コロナ禍の今、さっと一杯すすって、ひいきの店を応援したい。