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串にグルグル巻いた鶏の皮を丹念に焼き上げる福岡名物「とり皮」。カリっと香ばしい食感が特徴的で、地元住民だけでなく出張や観光で訪れた人にも愛されています。コロナ禍で飲食業界への逆風が吹く中、奮闘を続ける人気店に潜入し、味と商売へのこだわりを探りました。
「焼く」と「寝かせる」を6日間
迎えてくれたのは、福岡市内で「かわ屋」3店舗を構え、各地のフランチャイズ店も統括する「有限会社かわや」の2代目・京谷伊祐さんです。京谷さんは一般企業で社会人の経験を積み、2013年に「かわや」に入社。ホールスタッフを皮切りに、飲食業を一から学びました。
朝10時にスタートするという仕込み作業。訪問した「かわ屋 大手門店」(福岡市中央区)の扉を開けると、香ばしい煙が立ちのぼり、脂の弾ける音が「パチパチッ」と聞こえてきます。
分業が徹底され、準備は手際よく進んでいきます。皮目は表、脂がのった部分が内側になるように隙間なく串に巻き付け、じっくり焼いて脂を落とし、タレに漬け込んで1日寝かせます。この「焼く」「寝かせる」の作業を6日間繰り返すことで、脂のうまみがギュッと凝縮されるのだそうです。
焼き手の違いによる仕上がりの「ブレ」をなくすため、味の決め手になる「タレ」にも徹底的にこだわっているといいます。
焼き上がったとり皮は、表面はパリッと香ばしく、口に入れると脂の甘みがバターのようにまろやかに広がります。余分な脂は落とされているので、重さや後味のしつこさはありません。
店内では1本132円(税込み)。材料費と人件費で売り値の8~9割を占めるのだそうです。
「鶏皮は安く、スーパーなどでも簡単に手に入ります。そこにしっかり手間をかけることでA級品に近づくんです」と京谷さん。工程をシンプルにすれば利益は上がり、作業も楽になりそうですが、「味わいがまったく違います」と力を込めます。
通販で「元気」を全国に
京谷さんは言います。「店のスタッフに一流の礼儀やサービスを身につけている者はいません。ただ、来てくれたお客さんに喜んでもらうことを一番に考え、そこに全力を注ぎます。たとえ、ひと時のやり取りでも、お客さんに元気になってもらえたら」
しかし、コロナ禍で店の営業が制約され、旅行や出張もままならない状況が続きます。本来なら、目の前で調理される焼き鳥の香り、スタッフの掛け声や客席の会話でにぎわう店内の"ライブ感"を楽しんでほしいのですが、出口はなかなか見えません。
京谷さんたちは「せめて元気を家庭に届けよう」とテイクアウト販売を始め、さらに全国への通信販売にも踏み切りました。「かわ屋オンラインショップ」で注文できる通販は、10本1800円(税込み、送料別)からで、仕上げにフライパンなどで少し加熱すれば店の味が楽しめるとのことです。
通販はすぐに反響を呼び、今では1日に数千本の注文が入るほどに。購入者からは「窮屈な世の中だけど、おかげで楽しいひと時を味わえた」「コロナが落ち着いたら今度は店で食べたい」と喜びの声も届くそうです。
「たかが、されど・・・・」の思い
妥協しない京谷さんの姿勢は、創業者である父・満幸さんから受け継がれたものでもあります。満幸さんは「息子だからといって特別扱いはしない」と甘えを許さず、他の従業員と変わらない態度で息子に接したそうです。
その満幸さんは急病のため49歳の若さで他界します。突然の不幸で店のかじ取りを託されることになった京谷さんは、従業員と一緒に進む道を考え、行動してきました。
「かわ屋が親しまれるのは、父が築いた礎を仲間が支えてくれたからこそ」と京谷さんは話します。店の看板には「たかが焼鳥、されど・・・・」の文字。父の思いを背負い、2代目の挑戦は続きます。