救助訓練が一転!本番に 海の事故で偶然と習慣がまもった命
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福岡県福津市の福間海岸で今年4月、ウィンドサーフィン中の男子大学生が漂流しかけ、海の安全を守る民間団体と福岡海上保安部によって無事に救助されました。事故当時、この団体の発足を記念する式典が海岸で開かれていた「偶然」と、周辺のマリンショップなどで働く従業員らのある「習慣」が、迅速な救助につながりました。
レジャーでにぎわう福間海岸
福間海岸は、ウィンドサーフィンを楽しめる西日本有数のスポットです。約1キロにわたって白い砂浜が続き、海岸沿いにマリンショップやカフェが並んでいます。夕日の美しさでも知られ、夕暮れ時にはカメラマンやカップルたちがやって来ます。
事故があった4月24日、海岸では水難に対する啓発活動やパトロールを行う「シーバードジャパン」の新拠点「シーバード福間」の開所式が行われていました。式典後には福岡海保との合同救助訓練が予定され、現地には海保の潜水士を含む約30人が集まっていました。
シーバードジャパン
水上バイクを使用したパトロールやレスキューのほか、水難事故の防止や環境保全のための啓発、海岸清掃など地域密着型の活動に取り組む民間団体。
式典の最中に「要救助」の一報
午後1時50分頃、近くのマリンショップ経営者が、海で人が流されていることに気づき、海岸にいる海保職員に知らせたのが始まりでした。
「かなり慌てている様子で、何が起きたのかすぐには分かりませんでした」。海岸にいた福岡海保の日高秀・地域渉外官は振り返ります。「緑のライフジャケット!」「潜水士!」――。要救助者の目印を叫ぶ声、海保職員への指示が響き、現場は一気に緊迫したそうです。
このとき、シーバード福間の水上バイクによるデモンストレーションが行われている最中でした。要救助者は式典会場から沖へ約600メートル。沖合には、この後の訓練に備えて海保のゴムボートと巡視船が待機していました。
ゴムボートは沖合にあり、潜水士は浜辺に。ボートをそのまま向かわせるか、潜水士を乗せるため海岸に一度戻すか、それともシーバードの水上バイクに潜水士を乗せてもらうか――。
判断を迫られた児玉拓也・救難係長の無線機に、シーバードの水上バイクが救助に向かったという一報が。児玉係長は「万が一、溺れたときに備えて潜水士を向かわせよう」と、要救助者のもとへと泳いでいた潜水士をゴムボートでピックアップし、急行させました。
最初に到着した水上バイクが、海に浮いていた大学生を救助。通報から3分ほどだったそうです。ウィンドサーフィンが転倒したはずみでボードとマストの接合部が破損し、航行できなくなったことが原因でした。
「訓練の前にまさか本当の救助事案が起こるとは思いませんでしたが、無事に助けられて良かったです」と日高さん。「これからマリンレジャーの事故が増える季節。何かおかしいと感じたら、まずは118番に通報してほしい」と呼びかけています。海上保安庁は公式サイトでも、海の安全に関する啓発を行っています。
海の安全を見守る複数の「目」
シーバード福間の動きを指揮したのは、中心メンバーの山鹿政則さん。「びっくりの一言。ですが、まさかの時にしっかりと対応でき、自信にもつながりました」と語ります。
山鹿さんは、デモを披露した水上バイクが漂流者役を海岸で降ろすと、すぐ沖に引き返すように無線で指示しました。「波もあり、海面から頭がなんとか見えている状態でした。水上バイクの機動性を考え、とっさに判断しました」
シーバード福間の前身は、ライフセイバーたちでつくる「福間サンセットショアライフセービングクラブ」。普段から人命救助に携わってきましたが、活動できる範囲をさらに広げようとシーバードに参加することを決めたそうです。
大勢の人がレジャーに訪れる福間海岸ですが、山鹿さんによると、死亡事故の発生は少ないそうです。それは、付近のショップの人たちの習慣のおかげだといいます。
「この辺りの人たちは、海を見る癖がついています。流されている人はいないか、異変はないかを常に気にして、頻繁に海の方を見てしまうのです」と山鹿さんは言います。今回の事故でも、ショップ経営者がいち早く気づいたことが幸いしました。
死亡事故こそ少ない福間海岸ですが、沖の方へ流される事案は頻繁に起こるといいます。一緒にいた知人が助けを求めるケースもありますが、異変に気づいたショップ従業員が水上バイクで確認に向かうのもまた日常だそうです。
海岸の各ショップが時には連携し、一体感を持って事故防止に取り組んでいます。山鹿さんは「救助活動を行うのはもちろん、海でのリスクマネジメントやマリンレジャーの魅力についても伝えていきたいです」と話していました。