「地域の老い」への処方箋は住民の絆とAIバス 宗像・日の里地区の挑戦
福岡県の北西部に位置する宗像市。政令市のベッドタウンとして発展した街は転換点を迎えている。高度経済成長期に転入した住民が高齢化し、空き家も増加。不採算のバス路線は廃止され、街のあちこちを"老い"がむしばむ。そんな状況を打開しようと、コミュニティー再生とテクノロジー活用を軸に新たな取り組みが始まっている。
福岡、北九州まで30分
福岡市、北九州市のほぼ中間にある宗像市は、両政令市まで快速電車で30分ほど。交通の利便性、恵まれた自然環境から、高度成長期に大規模な宅地造成が行われ、当時の宗像町に多くの子育て世代が移り住んだ。人口は急増し、1981年に市になった。
宗像市の人口は9万6993人(2019年9月末)。市によると、今も子育て世代の移住先の一つとなっており、人口はほぼ横ばいで推移しているという。高齢化率(人口に占める65歳以上の割合)は29.1%(2019年9月末)と、全国平均の28.4%(2019年10月1日現在)より若干高く、2021年4月末は29.8%に上昇している。
地域の"老い"が顕在化
宗像市で特に大きな開発が行われたのが「日の里地区」だ。日本住宅公団(現・UR都市機構)が1966~70年にかけて整備した55棟の集合住宅「日の里団地」など九州最大級となる約5100戸の住宅が供給された。
それから半世紀がたって住民も年齢を重ね、地区の高齢化率は35.1%(2019年9月末)に達している。住宅の建て替えも行われているが、それを上回るペースで空き家が増加し、団地内の空き部屋も目立ち始めているという。
日の里地区再生の取り組みに参画している大分大の柴田建准教授は「全国の郊外の住宅地で同様の問題が起きている」と指摘する。柴田准教授によると、大阪府豊中・吹田の両市にまたがる「千里ニュータウン」で2000年頃から話題になり、「ニュータウンのオールドタウン化」として注目されるようになったという。
「同じ時期に住み始めた同じ世代の人たちが高齢化し、子どもは遠方にいるため住民の世代交代も進まない。買い物難民が増え、空き家の増加で防犯や景観の問題が起きる」と柴田准教授は話す。自動車産業で栄えた米国・デトロイトが同じ要因からスラム化した事例を挙げ、「日本でも起こりうる」と警告する。
街づくりは、人づくり
高度成長期に開発された住宅地がほかにも点在する宗像市は、2013年頃からオールドタウン問題を解消する取り組みを本格化させた。その一つとなる定住促進に向け、市と協力して活動しているのが「日の里地区コミュニティ運営協議会」だ。
黒川貞一郎会長は「日の里地区はJR東郷駅が近く、大型スーパーも立地しているので利便性は高い。治安が良いという評価もあり、移住してきた子育て世代が地域に溶け込み、定住してもらうことが重要だと考えています」と話す。
協議会では、地域の祭りや防犯パトロールといった活動に新しい住民が参加しやすいよう、積極的に声かけを行っているという。「地域の祭りは45年続いており、コミュニティーの絆はもともと強い。地区内12の自治会には『地域のために何かしたい』と熱い思いで動く人もいて、それが定住につながっています」
柴田准教授も「日の里は立地やインフラだけでなく、ソフト面でも恵まれている。『街づくりのために活動したい』という若手を見守る雰囲気があり、意欲ある住民をどんどん巻き込んで動いている」と評価する。
「次の50年に向けて」をテーマに、市やUR都市機構が団地再生を進める「宗像・日の里モデル」の動きも加速し始めた。今年5月には、団地の48号棟をまるごと改装した生活利便施設「ひのさと48」がオープン。それぞれの部屋に、オリジナルのクラフトビールが楽しめるブリュワリーやDIY工房、セカンドキッチンなどが入り、地区のコミュニケーション拠点としての役割が期待されている。
隣接する区画では、9棟の集合住宅を取り壊して新たな宅地の整備が進む。里山をイメージした林を取り囲むように戸建て住宅を配し、元気に遊ぶ子どもを大人たちが見守ったり、林を交流の場として活用したりすることを想定しているという。
黒川会長は「若い人のアイデアで日の里が変わろうとしている。世代間交流を重ね、人づくりに取り組むことが、街づくりにつながると実感しています」と語る。
生活の足に「のるーと」
利用者の減少と慢性的な赤字で廃止された路線バスに代わるオンデマンドバス「のるーと」も3月に始動した。AI(人工知能)を活用したこのバスは平日に2台、休日は1台が、地域住民の新たな「生活の足」として走っている。
多くのニュータウンと同様、山の斜面に整備された日の里地区には坂が多く、JR東郷駅やスーパーも長い坂道の先にある。車を運転できない高齢者にとって、2021年4月の路線バス廃止は死活問題だった。
「のるーと」は定員8人のワゴン車で、路線バスが入れない細い路地も走れる。乗降場所はかつての2倍近くの65か所に増え、ほぼ100メートル間隔で路上に目印が記されている。
運賃は大人(中学生以上)が200~400円、小学生・障害者が100~200円。支払いは、現金のほかアプリに登録したクレジットカードにも対応している。「路線バスより便利」という声も上がり、利用者は1日平均100人程度まで増えているという。
AIで機敏にルート変更
オンデマンドバスを利用したいときは、スマートフォンのアプリなどで乗り場と目的地を指定して予約する。目的地までの予測所要時間と料金が示され、配車確定後はバスの現在位置を確認できるため、乗り場への到着時刻もおおよそつかめる。
「のるーと」の最大の特徴は、AIによる運行ルートの設定だ。走行中に新たな予約が入った場合には、臨機応変にルートを修正してその客を乗せることも可能。先客を目的地で降ろしてから迎えに行くか、少し回り道をしても所要時間に大差はないかなどをAIが瞬時に判断し、カーナビのルートに反映させる。
実際に利用してみると、乗車中にルート変更が生じても、予測到着時間からの大きな遅れはなかった。細い坂道をどんどん登っていく場面もあり、高齢者をはじめ地区の住民にとって心強い存在になると感じた。
AIを活用したオンデマンドバスの普及を図っているのは、西日本鉄道と三菱商事の合弁会社「ネクスト・モビリティ」(福岡市)だ。同じシステムの車両は、福岡市東区のアイランドシティのほか、長野県塩尻市、大阪市平野区などでも運行している。赤字バス路線を抱える自治体の視察や問い合わせもあるという。
会社の担当者は「オンデマンドバスが活躍するのに、日の里地区は運行範囲がちょうどいいサイズで利用者にも好評です。生活に寄り添う交通インフラとして、地域に根付いてほしい」と話している。