松崎住職に聞いてみた バズりから日本社会まで【後編】

日本人がほんとうに貧しくなった……


――松崎さんがベトナム人の参列者に語ったメッセージでもありました。日本社会が寛容性や多様性を失いつつあると感じますか。

 日本文化は「恥」の文化だと言われます。悪いことをするのは恥だ、と。でも、そのような意識より経済活動が優先されています。「生きるためなんだ。しょうがないじゃないか」という理屈が先走っています。生きることは大切なことで、それ自体を否定はしません。しかし、他者から奪うことが当然だという感覚が、今の日本人に蔓延しています。

 僕らは生きるために他の動物を殺して生きている。「俺が生きるためだから当然」ではなく、「申し訳ない」と、無駄にしないようにしてきたのが仏教。仏教は肉食を禁止しているのではありません。仏教の教えでは、食べなければならない自分を律して「申し訳ない」という気持ちを持つこと説いている。僕も含めて、日本人は「自分が生きるのは当然」と思い上がっているようです。


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 日本人が貧しくなったなと思います。ほんとうに貧しくなった。弱いものから奪うようになった。弱者を守るのではなく、弱者から取り上げるようになった。それは昔からありましたが、あくまでも陰の部分として、後ろめたさがありました。それが今では「俺の権利だ」と堂々とやるようになっています。そう思えてしかたがありません。

 僕の言っていることはきれい事で、国内の経済規模が縮小する中で、みな必死なのは分かります。でも、だからといって奪って良いわけではないでしょう。


福岡にも外国人技能実習生の問題が

――外国人技能実習生への問題も取りざたされています。

 ベトナム盆法要をする打ち合わせのとき、ベトナム人に思い切って聞いてみました。「日本人から、ひどいことをされたりしてないかい」。いつも笑顔の彼らが目に涙をためて、「ありますよ」と言うのです。殴られたり、お金をもらえなかったり、たくさんあるそうです。それを聞いて、これはテレビの向こうの遠い世界のことではないと感じました。福岡にもある身近な問題なんだと痛感しました。

――弱者を追い詰める風潮はリアルでもネットでも多いようです。

 それも貧しさの一つだと思う。最も手軽でお金のかからないエンターテインメントは「怒り」です。怒りの矛先を他者に向けて、それでしか心を満たせない日本人が増えています。経済面だけでなく、情操面でも日本人が貧しくなっているということでしょう。経済優先で走ってきた日本の行き詰まりだと思います。

松崎さんのこれからについて

――これからの松崎さん、永明寺について教えてください。

 ベトナム盆法要にしても、同業者からはイベントをして何になるのかと聞かれます。門徒は増えるのか、と。イベントは基本的に赤字で、門徒も増えません。でも、それが僕の仕事だと思っています。工夫して人を集め、永明寺に人をあふれさせることが、僕の目標です。日本人だけじゃありません。国籍は関係ない。だから僕は永明寺で般若心経が上がっていてもいい(編集部注:浄土真宗では般若心経を読みません)。それに怒る人もいます。でも、僕はいろんな人を受け入れたい。阿弥陀さんが教えを伝える邪魔をしたくない。国籍も立場も関係ないし、仏教を信じてても、そうでなくても、来てもらって仏さんに会ってもらうことを大事にしていますし、これからも大事にしていきたいですね。

関連記事:松崎住職に聞いてみた バズりから日本社会まで【前編】


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