元国鉄マンが営む田川市の食堂 家庭の味と鉄道グッズが人気

店の壁を埋め尽くす国鉄コレクション。運転主任だった当時の制服を着て旗を持つ山下さん

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  • 博物館のような店内
  • 運転主任として勤務
  • 誰もが楽しめる店に

 「倉庫にしまい続けるくらいなら、たくさんの人に見てほしい」。元国鉄職員の山下壽一(ひさいち)さん(79)が福岡県田川市で営む「定食屋バンビ」を訪ねました。扉を開けると、切符や列車の行き先表示など自慢の“国鉄グッズ”が店の壁や天井を埋め尽くしていました。夫婦で営む食堂は地元の住民らに「家庭の味が楽しめる」と親しまれ、うわさを耳にした鉄道マニアが全国からやって来ます。

博物館のような店内


古い時刻表や看板などの鉄道グッズが迎える

 2010年に始めた食堂は、料理好きの妻・美華さん(70)と2人で切り盛りしています。

 店内には、駅員の制服や帽子、「きっぷうりば」と書かれた看板、約50年前の時刻表など貴重な品々がずらり。まるで鉄道の博物館に来たかのようです。


蒸気機関車のヘッドライトを見せてくれた山下さん

 「どのくらい数があるのか分からないなー」と山下さん。店の奥へと進むと、ホーロー製の行き先表示や蒸気機関車のヘッドライト、信号機などが所狭しと並び、その量と質に圧倒されます。

 コレクションは40歳代の頃、国鉄に勤めていた山下さんが同僚に誘われ、切符収集を始めたのがきっかけでした。店内でひときわ目を引くのは、床から天井まで壁一面のガラスケースに収められた入場券や記念切符です。


古い入場券や記念切符が飾られたケース。「ここから始まりました」と山下さん

 今では珍しい厚紙で作られた「硬券」で、その数約1000枚。まだ倉庫に眠っているものが1000枚以上あるといいます。


廃線になった路線の切符もある


 切符は休みの日に駅を巡って購入したり、鉄道備品は払い下げ品を買い付けに行ったりして集めました。山下さんは「放出品を手に入れるために、同僚と一緒に博多駅や門司駅に寝袋を持って行き、販売前日から泊まり込みました」と振り返ります。


壁や天井には列車の行き先表示が


 ほかにも、特別列車の先頭に掲げられた旗、衝突事故を防ぐタブレット(金属製の円盤)、国鉄ロゴの入ったヘルメットや腕章などが並んでいます。来店客が物珍しさからSNSなどに写真を投稿し、それを目にした鉄道ファンが各地から訪れるそうです。


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運転主任として勤務

 山下さんの父親も国鉄職員で、幼い頃、駅に遊びに行っては仕事風景をよく眺めていました。自宅には、表紙に「運轉(うんてん)取扱心得」と書かれた本や手旗信号の教本などがあり、そこに描かれた機関車や信号の絵を見るのが好きでした。助役としてホームに立ち、列車の出し入れを見守る父の姿を今も覚えているそうです。


父親が持っていた「運轉取扱心得」。今も大切に保管している


 父の背中を追うように19歳で国鉄へ。現在の田川後藤寺駅や船尾駅など筑豊地区の駅で勤務し、36歳の頃に田川伊田駅へ赴任しました。ポイントの切り替えを指示したり、旗を手に発車の合図を出したりする運転主任になり、あこがれた父と同じホームに立ちました。


店には昔の伊田駅の写真も飾られている


 当時の伊田駅は、今とは比べものにならないほど混雑していたそうです。15秒ごとに組まれたダイヤグラムを確かめながら、時刻表通りに列車をホームに導き、発車させ、また次の列車を迎えました。乗降客が列車と接触しないよう、ホームの安全確保には特に気をつかったといいます。


「乗降客の安全が最優先。混雑時はピリピリしてました」と山下さん


 「『危ないと思ったらまず止めろ』と強くたたき込まれました」。山下さんは手にした赤旗を勢いよく振って教えてくれました。梅雨の時期や雪の日はダイヤが乱れて特に大変だったそうです。苦労をともにした旗は今も大切に店内に飾っています。


運転主任として伊田駅に勤務していた頃の写真

 山下さんは42歳で国鉄を退職しました。次の赴任先が決まっていましたが、父親の訃報(ふほう)を受けて地元に帰ることにしたのです。国鉄は民営化によりJRへ、時代の転換期でもありました。

誰もが楽しめる店に


年季を感じさせる「定食屋バンビ」。日替わりランチの旗が目印


 退職後は鉄道グッズの収集を続けながら、お好み焼き店「バンビ」を始めました。地元の子どもたちに愛されるように――と、店名は父親と映画館で楽しんだ思い出のディズニー作品から付けました。お好み焼き店は約15年続きますが、山下さんが体調を崩して閉じることになりました。


スナック時代の雰囲気を残す店内

 自宅に併設の店舗はスナックとして貸し出しました。その店も営業を終えることになり、美華さんの「食堂をしたい」という希望から「定食屋バンビ」として再出発しました。

 国鉄グッズを店に飾り始めたのはそれからです。来店客の中には、高値で買い取りたいと申し出る鉄道ファンもいるそうですが、山下さんは「お金のために集めたわけじゃない。店に来てくれた人に楽しんでほしい」と話します。


国鉄ロゴのヘルメット


 店内はカウンターとボックス席の計約20席で、地元のお年寄りや学生もやって来るといいます。人気は税込み700円の日替わり定食。メイン料理のほか小鉢、煮物、サラダ、みそ汁がついて、「ボリュームたっぷりで大満足」と好評です。


取材で訪れた日のメイン料理はトンカツ


 料理は朝4時から仕込み始めるそうで、山下さんは「家庭的な味を毎日たくさん食べてもらえる場所にしたい」と話します。常連には独り暮らしの人も多いそうです。


厨房で調理して出来立てを提供


 店は昼から夜まで営業し、酒や一品料理も提供します。カラオケの機材もあり、歌を楽しみに姿を見せる人も多いとのこと。カラオケで100点を取るとビール1本といったサービスもあります。

 「お酒もカラオケも楽しめるのは最高じゃない?」と山下さん。「お客さんが喜ぶ姿を見るのが大好きで、こちらもうれしくなります。元気な限り店を続けたいです」

<定食屋バンビ>
 福岡県田川市魚町11ー26
 0947ー42ー8063
 月曜・火曜定休



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