山里の廃校舎で出会う現代アート 集う人が輝く「共星の里」

共星の里の玄関では、「犬首」の作品が来館者を迎える

記事 INDEX

  • 災害の記憶も伝える
  • どう見えるかが大事
  • 身構えず自由に対話

 福岡県朝倉市の山深い集落にたたずむ廃校に、現代アートを楽しめる「共星の里 黒川INN美術館」がある。廃校舎と現代アートという異色の組み合わせが“非日常”の時間と空間を生み、国内だけでなく海外から訪ねてくる人もいる。

災害の記憶も伝える

 1874年(明治7年)に開校し、1995年に最後の卒業生2人を送り出した旧黒川小学校。古い木造校舎を活用して2000年にオープンした美術館は「ここに集う人が星のように輝きながら生きていけるように」との願いを込め、共星の里と名付けられた。


山深い集落にある旧黒川小で営まれる美術館


 「緑に囲まれたこの地で、アートに触れて気持ちをリセットし、忘れかけていた何かを思い出してもらえたら」。そんな思いから、ユニークな見せ方で、国内外の多彩な作品を紹介している。彫刻や写真など、これまでに120回以上の企画展を行い、地元の人たちとコラボしたワークショップ、コンサートなども開いてきた。


かつての教室や廊下に作品が展示されている


 少しずつ色づき始めた山々に誘われるように、福岡市から車のハンドルを握って1時間ほど――。暖炉に火がともる校舎で、アートディレクターの柳和暢さん(76)と、施設を切り盛りする服飾デザイナーの尾藤悦子さん(62)が出迎えてくれた。


旧黒川小の卒業生でもある尾藤さんが迎えてくれた


 運動場跡地には、柳さんが制作したカラフルな作品のほか、高さ1~2メートルの赤茶けた巨岩が20個ほど点在している。「なぜ校庭にたくさんの岩が?」。柳さんに尋ねると、集落でも5人が犠牲になった2017年の九州北部豪雨で、すぐそばの山から押し流されたものだという。


赤茶けた岩が点在する運動場跡地


 大量の流木や土砂が敷地を埋めたが、校舎内の収蔵品は無事だったという。屋外に展示していた高さ5メートルほどの鉄製の作品などが”防波堤”の役割を果たし、土砂の流入を防いだ。


2017年7月の豪雨で流木や土砂が押し寄せた(共星の里提供)


 災害の記憶を伝えていくべきだと考えた柳さんは、押し寄せた岩をそのままアート作品に。美術館は2018年、支援者やボランティアの助けもあり再開にこぎ着けた。遠方からの来館者の中には、この岩のアートを見て豪雨のことを知る人もいるそうだ。


被災した運動場(左、共星の里提供)と現在の様子


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どう見えるかが大事

 館内へ入ると、犬の頭の形をした作品「犬首」が玄関で迎えてくれる。子どもの背丈ほどあるこの作品に「会いに来たよ」と駆け寄るリピーターもいるという。


入り口に鎮座する「犬首」


 強化プラスチック製で、黒光りする頭部は肉食恐竜のような迫力だが、つぶらな瞳を見つめていると、寂しそうな表情にも柔和な表情にも映るから不思議だ。


つぶらな瞳が見る人の想像力をかき立てる


 床がミシミシと音を立てるかつての教室の真ん中には、「陰陽学」のタイトルが付いた巨大な”電球”が据えられていた。


教室の真ん中にある巨大なオブジェ「陰陽学」


 「何に見える?」と、尾藤さんが来館した児童らに問いかけると、「電球」という答えのほか、「おっぱい」や「しっぽ」などの声が上がるそうだ。


 「見る角度が変わると、まったく違うものに見えるね。違っていいんだよ。自分が、どう見えるかが大事」。尾藤さんは子どもたちに語りかける。「立場を変えると違う解釈になる。物事の本質を見る大切さを、アートを通して感じてほしい」


「自分が、どう見えるかが大事。そこで見えるのが答えだよ」


 椅子に腰を下ろして一休みする。窓からの木漏れ日が館内に陰影をつくり、じっと座って過ごすだけでも開放感に浸れるぜいたくな空間だ。


ダイヤモンド富士を撮影した作品のガラス面に、陽光や室内の絵画が映っていた


 各部屋に置かれた椅子も、作品と同様にそれぞれ個性的だ。タイ製だったり、古いものをリメイクしたり、この空間に合うようにセレクトしているという。


共星の里に彩りを添える個性ある椅子の数々


 「椅子から立ち上がって見たり、座ってリラックスして向き合ったり、作品との対話を楽しんでもらえたら」と尾藤さんは話す。


 名の知れたアートを含め、すべての作品に触れることができるのも、この美術館の魅力だ。九州北部豪雨で被災し、泥がついたまま置かれているピアノも、鍵盤に手を伸ばして弾くことができる。


九州北部豪雨で被災したピアノに触れる柳さん


 校舎内の作品をひと通り鑑賞したあと、講堂でコーヒーを飲みながら、柳さんや尾藤さんらとアート談議に花を咲かせるのも楽しみの一つ。ここで「気」をもらい、再び作品との”対話”へと向かう人も多いという。


天井からつり下げられた球体が、講堂全体を映し出していた


身構えず自由に対話


 「なんでこんな山の中にホンモノがあるの?」――。2019年、アメリカやフランス、イスラエル、中国、韓国などから、美術関係者や学芸員がレンタカーで視察にやって来た。5時間ほどじっくり見学した後、この質問を受けたそうだ。


四方を緑に囲まれた共星の里


 朝倉市の山中に美術館が誕生する前、50歳頃までアメリカを拠点に活動していた柳さん。かつて仕事を共にした仲間の支援や共感があったからこそ、集められた作品も多いという。


現在も精力的に制作を続ける柳さん


 館内には世界的にも知られるアートが並ぶが、インスタグラムをはじめ個人で楽しむ目的ならば、スマートフォンなどで自由に撮影できる。


かつての手洗い場にも不思議な作品が


 数百枚の写真を組み合わせたハート形の作品、全面に青が描かれた絵、何を表しているのか理解できないオブジェ――。深い緑に囲まれた静かな建物の中で、さまざまな作品に出会う。


数百枚の写真を組み合わせて描かれた作品


 現代アートといえば、時にはその”価値”が分かりにくい作品を洗練された場所で鑑賞するもの――というイメージを抱いていた。作品を理解し、共感できる知識のなさを見透かされることへの恐れもあった。写真を撮る者として関心がないわけではないが、どこか取っつきにくさを感じていた。


「あなたには何に見えるかが大切。それを考えながら楽しんで」と尾藤さん


 「あなたには何に見えるかが大切。それを考えながら楽しんで」。尾藤さんの言葉に背中を押されたからか、難しく考えてしまいがちな抽象的なアートを前にしても、身構えず取り繕うことなく向き合うことができた。


「作品をどう捉えるか、その人の心が映し出される」


 作者の主題ではないかもしれないが、自由に空想を膨らませながら鑑賞する。作品と自分の間にある壁が、少しだけ低くなったように感じた。物事を多角的に見られるようになったかはさておき、なんだか不思議で楽しい山里でのひとときだった。


「集う人が星のように輝ける場所に」との願いから名付けられた


 入館料は大人500円、小中学生300円(ドリンク付き)で、月曜と火曜は休館。冬期(12月~2月)は休館するが、団体で事前に予約すれば入館できるとのことだ。


共星の里 黒川INN美術館
福岡県朝倉市黒川1546-1
TEL:0946-29-0590



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