現代アートに浸る百年古民家 朝倉の「ギャラリー コバコ」
記事 INDEX
- 夫の生家を大改造
- 空間全体が作品に
- すぐ身近にアート
福岡県朝倉市。かつて日田往還としてにぎわった国道沿いに、築約100年を数える重厚な古民家がある。現代アートを紹介する「ギャラリー コバコ」で、オーナーの秋重久美子さん(54)が月ごとにテーマを定め、作品を展示・販売する。披露される作品によって毎月変わる古民家の”表情”を楽しみに、訪ねて来る人も多いという。
夫の生家を大改造
福岡と日田を結ぶ街道として、江戸時代に多くの人が行き交った日田往還。朝倉市によると、塩や魚、米、木材などが運ばれた往還沿いには古い屋敷が立ち並んでいたが、老朽化などにより昭和後期から姿を消していった。のどかな風景が広がるこの地に、なぜ現代アートのギャラリーをつくったのだろうか、秋重さんに会いに行った。
20年以上、高校で美術の教師をしていた秋重さんは、同じ営みが毎年繰り返される自身の人生を自問するようになっていた。春が来るたび入れ替わる生徒、なにも変わっていない自分。この生活がずっと続くのだろうか――。生き方を変えようと決断し、その勢いのまま2018年、夫の生家でもある古民家をギャラリーへと改造した。
趣のある白壁の先に広がる敷地に入ると、様々なオブジェが迎えてくれる。まず目に飛び込んできたのは、捨てられた大型遊具を積み上げたオブジェだ。園庭に置かれ、2階建て家屋ほどの高さがある。
足を進めると、木々の合間からスタイリッシュなガラス張りの小部屋が見えた。ここは新設した展示スペース。和のテイストの作品は母屋にある畳の間、新たな可能性を追求するような作品はこの小部屋で、と新旧の空間を使い分けているという。
空間全体が作品に
2月下旬に訪ねた時は、猫をテーマに展示が行われていた。秋重さんが「いいな」と思った福岡の作家らに声をかけ、個性豊かな約200点を並べた。すべて販売しており、陳列された作品の半分ほどは期間中に買い手がつくそうだ。
展示で印象的だったのは、手のひらサイズの”石猫”たち。福岡市の広告デザイナー谷口富さん(78)の作品で、座布団の上で丸くなったような姿がなんとも愛らしい。
福岡県糸島市の海岸で、猫の作品になりそうな形や色の石を探し、2、3日かけてアクリル絵の具で彩色するという。小さい石で5000円、大きいものだと2万円。「自分も描いていて楽しい。見る人も楽しい気持ちになってくれれば」と谷口さんは言う。
母屋を出て納屋をのぞくと、「猫としめ縄」をテーマにした映像が白壁に投影されていた。その壁の反対側では、猫に関する古本を展示・販売している。古本が並ぶ納屋にポツンと置かれた椅子。座っていいのだろうか――。この不思議な空間そのものが、一つのアート作品のようだった。
すぐ身近にアート
月ごとに変わる多彩な見せ方がコバコの魅力だ。「この人は、愛をどう表現するのだろう、その人の愛を見てみたい」という思いから開催したのは、「愛ってなんだろう」のタイトルをつけた展示。絵画や彫刻、映像でそれぞれの「愛」を描写した。椅子をテーマにしたときは、椅子にまつわる物語を紹介し、その美しさを考えた。そんな謎めいた展示を幾度も企画してきた。
「作品を集めたこの空間こそがコバコの世界観。住居の中に溶け込んだアートを感じてほしい」と話す。貸しギャラリーではあるが、秋重さんがふさわしくないと思う展示は断る。「お金ではなく、空間が大切」。静かな口調に強い意志がにじむ。
ここを訪れる人は、アート作品を鑑賞したり、歴史ある家屋のカフェでくつろいだり、それぞれの時間を自由に楽しむ。娘に勧められ、熊本県荒尾市から夫婦で足を運んだ吉丸悦代さん(59)は「猫の作品と古い日本家屋の雰囲気がよく合って、思わぬ拾い物を見つけたみたい」と笑顔を見せた。
「現代アートって分からない」という声も聞く。「分からなくていい。分からんけれど一度のぞいてみようかな、と思ってもらえる場所になれば」と秋重さん。美術館でなくても、有名でなくても、素晴らしいと感じられる作品がある。「ちょっとした身近なものにきらめきや面白さを見つけられたら、それがアートなんじゃないかな」
多彩な表現を通して、様々な価値観を発信する――。「場所をいかしてアートの種まきをしている感じですね」と秋重さん。その種は、いろいろな刺激を養分にして、すくすくと成長しているようだ。