「変革の時代、新たなる自画像」展 福岡アジア美術館で開催中

記事 INDEX

  • 5700点から厳選 傑作40点
  • 価値80倍!? 「アジ美の顔」
  • 「難しい」イメージ 払拭へ

 福岡市博多区の福岡アジア美術館で、同館が収蔵するスター作家の作品を集めた展覧会「ベストコレクションⅢ 変革の時代、新たなる自画像」が開かれています。アジア美術界を代表する作家たちのアイデンティティーを反映させた自画像や、伝統的なモチーフを使って現代社会を風刺した立体作品など選りすぐりの40点余りを紹介しています。11月30日まで。

5700点から厳選 傑作40点

 近現代のアジアの美術作品を系統的に収集・展示する世界唯一の美術館として1999年に開館した同館は現在、23か国・地域の作品約5700点を収蔵しています。歴史や文化などの知識なくしては価値や魅力を感じることが難しい作品も多いことから、同館は特に厳選した作品を集めた「ベストコレクション」展を2023年から始めました。24年9月~25年4月に行われた第2回展覧会には4万1409人が来場しました。3回目となる今回は、作品数、展示スペースともに最大規模での開催となります。


ハン・ティ・ファム[ベトナム/アメリカ]《自画像・ロングヘア・パイプ》(1985年)


 今回はアジア美術の変革期とされる1980~90年代に頭角を現した作家を中心に11組の作品を集めました。メインビジュアルを飾るのは、ベトナム生まれのハン・ティ・ファム氏の肖像写真「自画像・ロングヘア・パイプ」。長い黒髪で白いアオザイを着た姿は典型的なベトナム人女性をイメージさせますが、右手には西洋人男性を象徴するようなパイプを握っています。

 この作品は、ベトナム戦争末期、家族とともにアメリカに渡った難民であり、レズビアンでもあるという作家本人のアイデンティティーを表現したもので、自らに注がれる様々な視線に屈せず自分を貫く強い意思を感じさせます。


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価値80倍!? 「アジ美の顔」

 次に紹介するのは、今や「アジ美の顔」ともされる、中国のファン・リージュン氏の「シリーズ2 No.3」。しらじらしいような青空の下に、作家自身をモデルとした不敵に笑う6人の男が描かれています。1989年に発生した天安門事件後の中国社会が、没個性を要求するような不条理に包まれ、若者たちが理想もイデオロギーも信じることができなくなったことを皮肉を込めて表現しています。


ファン・リージュン[中国]《シリーズ2 No.3》(1992年)

 ファン氏は残酷で不安定な現実を冷めた目で捉える「シニカル・リアリズム」を代表する作家といわれ、評価が年々高まっています。2014年に競売会社・サザビーズのオークションで作品に約11億円の高値がついたことから、約30年前におよそ1400万円で購入されたこの作品も同等の価値を持つとみられています。


タン・ダウ[シンガポール]《米を作る人々》(1988年)


 昨今、コメ価格の高騰が話題に上がる中、中国系シンガポール人のタン・ダウ氏が手がけた「米を作る人々」にも目を引かれます。空っぽの茶わんと箸の背後に、逆さになって叫ぶ人の姿が描かれています。作品が描かれた1988年は、シンガポールが経済大国として成長し、大量消費社会へと変貌(へんぼう)を遂げた時代でした。作品は、中華グルメを浪費する人がいる一方、コメを作る人たちがコメを食べられないという現実と、作家自身が感じた格差や矛盾を表しています。


シュー・ビン[中国]《お名前は?》(1999年)

 文字を切り口にした制作で、文化伝統の基盤を問い直しているのが中国のシュー・ビン氏。展示されている「お名前は?」は、約4メートル四方の巨大なパネルに、アルファベットを組み合わせた漢字風の創作文字が並ぶ圧巻の作品。その数およそ約1500文字。注意して見ると、一つ一つが日本人の名字となっていることが分かります。そばに設置されたパソコンも実は作品の一部で、ローマ字で名字を打ち込むと、該当する創作文字がモニターに表示されます。作者の文化的アイデンティティーへの問いかけを体験してみてはいかがでしょうか。


作品そばのパソコン(左)に名字を打ち込むと、該当する創作文字がモニターに表示される(右上)。左から「YASUNO」「IWASA」「HARIMOTO」と読める文字(右下)

 このほか、スペインによる植民地支配下のフィリピンのヒエラルキーを、木やおがくずなどを使ってキリスト教会の祭壇屏の形で表現したロベルト・フェレオ氏の「スペインの暗い側面の祭壇屏(びょう)」や、瞑想(めいそう)する釈迦の表情と、それを妨げるべく周囲を取り囲む魔王の使者という新しい構図の仏教絵画を描いたタワン・ダッチャニー氏(タイ)の「マーラの戦い」など、ここでしか見られない傑作が目白押しとなっています。


ロベルト・フェレオ [フィリピン]《スペインの暗い側面の祭壇屏》(1985年)


タワン・ダッチャニー[タイ]《マーラの戦い》(1989年)


「難しい」イメージ 払拭へ

 近年、評価が高まっているアジア美術を堪能できる同館ですが、市民や観光客にとって気軽に立ち寄れる場所と認識されていないことや、西洋美術などに比べて「難しくてとっつきにくい」との声が一定数あるなど、魅力を届けるための課題が山積しているといいます。

 こうした中、収蔵品を気軽に見てもらおうと、同館は2024年7月に、過去のコレクション展の会場内を3D画像で再現した「バーチャルミュージアム」を公開。また、前回のベストコレクション展からは、会場の作品説明に盛り込みきれなかった補足情報を写真やイラストを使って見やすくした「超図解ガイド」の無料配布も始めました。作品をより理解するためのヒントが詰まった1冊で、今回は7月中の配布を目指しているそうです。


前回のコレクション展で初めて配布された「超図解ガイド」

 担当学芸員の佐々木玄太郎さんは「作家自身が背負っている固有の文化、バックグラウンド、民族性などを今までにない角度や表現で描いた作品ばかり。アジア美術の独自性を見てもらいたい」と話しています。

 福岡アジア美術館は開館当初に1000点ほどだった収蔵品が約5倍に増え、展示や収蔵のスペースが手狭となっていることなどから、福岡市は26年に廃止される予定の警固公園地下駐車場跡地(福岡市中央区)に、「新館」を整備することを決めています。これからもアジ美から目が離せません。

 「福岡アジア美術館 ベストコレクションⅢ 変革の時代、新たなる自画像」
 会 期:2025年7月5日(土)~11月30日(日)※水曜休館(8月31日までは開館)
 時 間:​9:30~18:00(金・土曜は20:00まで)
 場 所:福岡アジア美術館 アジアギャラリー(福岡市博多区下川端町3-1 リバレインセンタービル7階)
 観覧料一般200円、高校生以上150円、中学生以下無料
 問い合わせ:​同館(092-263-1100)


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