春を連れて「里帰り」 ツバメの子育てをやさしく見守る釣具店
記事 INDEX
- 中古物件をリフォーム
- 餌を求める”命の叫び”
- 「巣を作る家には幸運」
福岡県西部で営業する中原釣具の2店舗に、今年も南方からツバメが飛来した。糸島市の本店と福岡市西区にある「FISHINGなかはら」では今、つがいが子育ての真っ最中。店のスタッフや立ち寄った釣り客らがその様子を温かく見守っている。
中古物件をリフォーム
社長の中原藤弘さん(80)によると、西区の店で約20年前から、本店では5年ほど前から、釣り具を保管する作業場でツバメの子育てが見られるように。毎年3月のおわりに飛んで来て、9月頃には飛び去って行くそうだ。
中原さんは、ツバメの姿を見つけると「また春が来たな」と感じ、「家族が里帰りしたみたい」と温かく迎える。やって来たツバメには、主がいない古い巣が人気で、この”中古物件”に新たな土を運び込むなどのリフォームをして子育てが進められる。
作業場から続く店の入り口には、ツバメの天敵・カラスの写真を貼り出している。様々な商品が並ぶ迷路のような店内に、ツバメが迷い込まないようにするためだ。
釣り用品を買いに来た家族連れなどは、ヒナの声を耳にして作業場に向かい、そこで飛び交うツバメの多さに驚くそうだ。巣の上で懸命に餌をねだるヒナを間近にし、その愛らしい様子をスマートフォンで撮影する客の姿も見られるという。
それぞれの店では、高さ4メートルほどの天井付近を中心に約60個の巣が作られ、開いたビニール傘が逆さにつるされている。フン害の対策と、ヒナを守るためだ。
餌を求める”命の叫び”
望遠レンズ越しに観察していると、巣の中で身を寄せ合うヒナたちは親鳥が餌を運んできた瞬間、「私にちょうだい!」と言わんばかりに、黄色い口を大きく開けて身を乗り出す。命の叫びを響かせるように、必死にアピールする姿に圧倒された。
西区の店舗を取材で訪ねた5月中旬、作業場内を撮影していると、ヒナが餌をくわえたまま地面に落ちているのを見つけた。羽根は生えそろっておらず、目を閉じたまま鳴き声も上げずにもがいている。餌をねだるときに勢い余って巣の外へ身を投げ出してしまったのだろうか――。どうすればよいのか分からず、店の人に声をかけた。
たくさんの傘が“防護ネット”のようにつるされているが、その隙間からヒナが落下してしまうことは時折あるという。けがをしたり、カラスやヘビに襲われたりする恐れがあり、見つけるたびに店員らが大きな脚立を使って元の巣に戻すそうだ。
アルバイトを始めて半年という大学3年の金崎龍紀さん(20)は、7段ある脚立にのぼり、落ちたヒナをそっと巣に戻した。「後ろ向きで巣に帰したけど大丈夫だろうか」と心配そうな金崎さん。「何とか生き延びてほしい」と巣を見上げていた。
「巣を作る家には幸運」
日本野鳥の会によると、昆虫を食べるツバメは農作物を害虫から守る益鳥として知られ、「巣を作る家には幸運が訪れる」という言い伝えもある。
しかし時代と環境の変化で、「フンで汚れる」「病気を運んでくるのでは」と敬遠する人も増えた。日本野鳥の会が2013年から8年かけ、ツバメの子育てが失敗した原因を目撃情報から調べたところ、天敵に襲われたことに続き、人によって巣が撤去されたことが報告された。
そうした中、野鳥の会は2019年、ツバメを温かく見守っている団体に感謝状の贈呈を始めた。中原釣具は2021年に贈られ、額に入れた賞状を店内に大切に飾っている。
毎年のように同じ巣のある場所に戻ってくるので、ツバメは長生きなのだと思っていたが、野鳥の会によると、成鳥になってからの平均寿命は1.6年ほどという。南方で冬を越して無事に戻ってくるのは2割程度にすぎないそうだ。
人の出入りがある場所を選んで巣を作るツバメ。人の暮らしとの共生を選んだツバメを、人間もまた受け入れてきた。自然の中に人々の営みがある郊外の釣具店で、毎年やって来る”相棒”たちに注がれる店員や客のまなざしは、どれもやさしかった。