主役はおばあちゃん 「家族」を見つめ直すファッションショー

赤いカーペットの上を満面の笑みで進む高齢者ら
記事 INDEX
- 表情もぐんと明るく!
- 相続巡るトラブルから
- 家族の思い出また一つ
北九州市八幡西区にある社会福祉法人「もやい聖友会」で3月9日、80歳から98歳までの高齢者が主役を務めるファッションショーが開かれた。温かい拍手に迎えられて、華やかな衣装をまとったお年寄りたちが赤いカーペットの上をゆっくりと進む。ほころぶ笑顔と、喜びの涙が重なり合う、すてきな時間だった。
表情もぐんと明るく!
このイベントは、八幡西区の不動産会社「大英産業」が手がける「かぞくのかたちファッションショー」。"美しさを競う"というより、お年寄りたちが"晴れ舞台を楽しむ"ことを第一にしている。
「車椅子だから、ショーには参加できないと思っていたけれど……」と話すのは森山恵子さん(89)。若い頃、搭乗した飛行機で客室乗務員を目にして「はるか遠い存在だけど、かっこいいなぁ」と憧れを抱いたという。
今回、ふともらした一言をきっかけに、ショーで客室乗務員の衣装が用意されると聞き、「興奮しました。毎晩のように『アテンションプリーズ』ってつぶやいて、楽しみにしていましたよ」と笑顔で話してくれた。
メイクは、高齢者のための美容のプロを養成する「介護美容研究所」(東京)の福岡校で学んだ内田菜都美さん(41)ら、30人あまりの専門家がボランティアで担当する。
内田さんによると、部屋に引きこもりがちで意欲をなくしたように見える高齢女性の表情が、化粧をすることで、ぐんと明るくなっていくという。「『こんな立派な化粧は初めて。これが私?』と喜ぶ姿を見ると、やってみてよかったと実感します」
相続巡るトラブルから
13時30分、お年寄りら12組が登場するショーの開演を迎えた。「初恋は中学生の頃。好きだった人と同じ高校に行くためにがんばったそうです」。カーペット上の主役たちの"知られざる顔"を司会者が紹介すると、見守る観客から拍手とともに驚きの声や笑い声が上がり、和やかな空気が会場を包み込んでいく。
4回目となったファッションショー。なぜ地元の不動産会社が手がけているのだろうか? 担当する安武麻美さん(41)に聞くと、相続に関する深刻な問題が理由らしい。家族の会話を増やして、相続トラブルを防ぐ糸口にしたいという思いがあるようだ。
住宅建設用地を仕入れる業務に携わっていた安武さん。家主の死後、相続を巡り家族が言い争う現場を度々目にした。「俺が介護した!」「それは違う!」――。感情が激しく衝突し、「兄弟の縁を切る」という事態に発展したケースもあったという。
心を痛める場面に向き合った経験から、家族にもっと会話があれば、これほどこじれることはないのでは――との思いが膨らんだ。そこで思いついたのが、家族のコミュニケーションが自然に生まれ、さらに深まっていくイベントの開催だった。
戦中戦後の厳しい時代を生きた高齢者が、若き日に憧れた華やかな衣装をまとうファッションショー。家族一体でイベントをつくり上げていく中で、前向きな会話がきっと生まれてくるはず。もやい聖友会に相談したところ、賛同を得られ実現することができた。
家族の思い出また一つ
安武さんたちスタッフは、ショーの日程が決まると、参加者や家族に時間をかけて話を聞き、衣装合わせを進めていく。「客室乗務員にあこがれていたのよ。一度でいいから着てみたいな」と、そんな本音が自然と聞かれるようになるそうだ。
「あんたが小さい頃、一緒に旅行したこと覚えてる?」。少し前のことは思い出せないお年寄りも、ずっと昔の出来事については、驚くほど鮮明に覚えていることが多いという。
「これまで知らなかった母の幼い頃の話が聞けた」「子どもの頃を思い出した」――。イベントをきっかけに、みんなが忘れていた遠い記憶の断片が母親の口から語られ、古き良き思い出に家族で心を寄せることもあるそうだ。司会者が会場で紹介する"とっておきのエピソード"は、こうしたやり取りの中で得られたものだ。
「身構えるように終活や相続について話す、という堅苦しいかたちではなく、普段の会話の中で大切なことを伝えられたらいいなと思います。ファッションショーが一つのきっかけになれば」と安武さんは話す。
「とってもきれいでしたよ」。ショーが終わったあと、控室のあちらこちらで笑顔の花が咲いていた。「思い出したらまた涙が出てきそう。今までの人生のごほうびかも。一生の宝ものです」。化粧を落としてもらいながら話してくれた西尾康子さん(81)の柔らかな表情を見ていると、こちらも熱いものがこみ上げてきた。