福岡市にある観魚荘茶室が消失の危機に 移築保存へ関係者が動く

主屋に隣接する茶室「總庵」

 九州の電力事業の発展に貢献した経済人で、茶人や俳人としても活動した内本浩亮(こうすけ)(1885~1977年)の茶室を移築保存しようとする動きが進んでいる。福岡市中央区にある茶室は文化庁の調査で「登録文化財相当」と評価されたが、2027年末までに敷地が売却される予定。建築関係者らでつくる団体「観魚荘倶楽部」が移築先を模索している。

電力事業に尽くした内本浩亮

 内本は千葉県出身。戦前、「九州水力電気」の創立に関わった。女子畑発電所(大分県日田市)の建設などに携わり、九州送電の取締役支配人などを歴任した。

 電力事業の発展に力を注ぐ一方で、文化人としての顔を持っていた。近代化に伴う自然破壊で共生の精神が喪失していくことを憂え、開発と自然保護の両立を提唱。交流のあった作家の田山花袋や、画家の福田平八郎らに九州各地の風景を題材にした紀行文や絵画を制作してもらった。

 茶人としては「宗韻」の雅号で裏千家茶道に親しんだ。同じく電力事業の実業家で、風流人としても知られた松永安左エ門とは姻戚関係にあり、それぞれの雅号から「東の耳庵、西の宗韻」と呼ばれることもあった。


内本浩亮=観魚荘倶楽部 提供


 同倶楽部によると、茶室は内本の邸宅「観魚荘」(福岡市中央区浄水通)の主屋に隣接し、「總庵(そうあん)」と名付けられている。木造平屋で、茶室2室、持仏堂などで構成される。


 1939年に建築されたが45年の福岡大空襲で焼失。初代の設計を担った清水組(現・清水建設)の大友弘と数寄屋大工の中村外二の手によって55年に再建された。昭和初期に活躍した2人の建築物は貴重で、2024年の文化庁の調査で「登録文化財相当」と評価された。

「知ってもらい、地元の応援を」

 清水建設が戦前の自社施工の住宅を調査する中で、總庵の存在と価値を把握。所有者だった内本の孫が亡くなり、敷地の売却が決まったことから、建築の専門家らが「観魚荘倶楽部」を発足させ、移築保存を目指すことになった。調査にも携わってきた大阪工業技術専門学校の荒井圭一郎・大工技能学科長が代表を務め、26年中にも社団法人化して活動を本格化させる。

 増築部分を除く約35平方メートルについて、解体・保存し移築先を探す計画。解体から搬送までに1億円弱かかり、再建築にも同額程度の費用を見込む。

 同倶楽部メンバーの増田晴夫さん(40)は「地元福岡で内本さんの功績や観魚荘について知っている人は少ないというのが現状で、文化財として残していくには地元の人たちの理解や応援も必要」としたうえで、「見学会などでまずは知ってもらい、地元の住民や企業と手を取り合って移築保存ができればうれしい」と話している。


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