豊前に空き家を再生した個性派ショップが続々オープン 店主に笑顔、地域に活気

 人口減少が続く福岡県豊前市。隣の行橋市や大分県中津市に挟まれ、埋没しがちな街に近年、空き家や倉庫などを活用したユニークな店が次々と登場している。Uターン・Iターンなどで豊前市の空き家を再生し、夢をかなえた店主たちを訪ねた。

(写真:大野博昭)


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「一目でひかれた」昭和の洋館

■元郵便局をカフェ併設の家具・雑貨店に

 「昭和初期の空気が伝わってきて、一目でひかれた」
 家具デザイナーの土井純平さんは6年前、たまたま車で通りかかった豊前市南西部の久路土地区で古い瓦ぶきの洋館を見かけ、忘れられなくなった。

 勤めていた北九州市の家具メーカーを辞め、洋館を借りて自分で内装を整え、半年後には、カフェ併設の家具・雑貨店を開いていた。


天井が高く明るい店内。白い内壁は土井さんが自分で塗り上げた


 洋館は1937年(昭和12年)に黒土(くろつち)郵便局として建てられた。薄緑色の板壁に瓦ぶきという和洋折衷の様式。平屋なのに近隣の2階建て家屋よりも屋根が高いのは、電信事業も担い、電波受信のためだったという。


 洋風の建築物は、幕末から戦前にかけて、大工や左官職人らによって各地に建てられた。豊前市生涯学習課によると、同市は宇島港が石炭積み出し港としてにぎわった時期があり、モダンな建物も多かったそうだ。


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 黒土郵便局は1983年(昭和58年)に約300メートル北に移転新築され、土井さんが見つけた時、洋館は空き物件となっていた。「偶然、家主さんが取り壊さず残してくれていた。出会えてよかった」と土井さん。

 天井が高いため、中は思った以上に明るく、大きなガラス窓が開放的で、水回りの設備もあった。最初は家具・雑貨店を想定していたが、「貴重な建物をじっくり見てもらうため、お客さんの滞在時間を延ばしたい」とカフェ経営を思い立ったという。


洋館の前に植えられた高木の木陰で笑顔の土井さん

 店内のテーブルや椅子は、土井さんの製作と海外からの輸入が半々。壁に掛かる絵画調のポスターも自身で選んで購入したものだ。コーヒー豆は大分県宇佐市の知人から仕入れている。

 郵便局だったことにちなんで、店名は「STAMP FURNITURE」。歴史を重ねた落ち着いた雰囲気が評判で、県外からのお客さんも多い。「莫大(ばくだい)な売り上げで地域経済に貢献しているわけではないが、豊前に足を向けてもらう流れはつくっているんじゃないかな」

 「小規模でも、行きたくなる店があれば、にぎわいは生まれる。地方に芽吹いた新たな魅力を知ってほしい」と土井さんは話す。


物件照会「ご縁、むげにしない」

■かつての調剤薬局に焼き立てパンの香り

 豊前市のJR宇島駅に近い閑静な住宅街。かつては住宅と調剤薬局だったという空き家に、パン屋「ビッグパン」がオープンしたのは昨年11月のことだ。コロナ禍での巣ごもり需要もあってか、週末は1日50~60人が訪れる人気店になった。

 オーブンなどの調理器具は住宅部分に置き、離れの薬局だったスペースが売り場だ。赤やオレンジ色の丸い模様が並ぶ明るい壁紙が特徴で、店の所在地の「八屋」にちなんだ88円の「八屋あんぱん」など、多種多様なパンを出している。


もとは薬局だったスペースを活用した「ビッグパン」の店内

 「思った以上にお客さんが来てくれる」と喜ぶオーナーの入江孝さんは福岡市出身。パン職人として10年間修業し、2016年に同市中央区で開業したが、入居ビルの再開発で移転を余儀なくされた。

 「これを機に、古民家でカフェ併設のパン屋をやってみようか」と、県内外の10以上の自治体の空き家バンクに電話で問い合わせたが、いずれも希望の物件はないとの返答だった。


店には様々なパンが並ぶ

 そんな中、「お望みのような古い日本家屋ではありませんが」と、唯一折り返しの電話をくれたのが、豊前市の空き家バンクの担当者、木下博さんだ。地元の不動産会社に問い合わせ、パンの製造販売ができそうな物件を探した。「せっかくご縁があった方を、むげにはしません」と木下さんは笑顔を見せる。


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 市の空き家バンク事業は2011年に始まり、紹介物件は累計281件。これまで199件で売却、賃貸契約が結ばれた。地方移住を紹介する雑誌に掲載されたこともあり、北九州市のほか、関西、関東からも物件の見学に訪れる。

 ほとんどが住居としての活用だが、ドーナツ店の開業といった相談もあるという。この6年、1人で担当する木下さんの土日・祝日の予定はほぼ埋まっているが「まだ1人でもなんとかなるかな」と笑顔を見せる。


おしゃれな店「自分たちの手で」

■古民家の土間や縁側に並ぶこだわり商品

 「ママのお小遣いで買える値段で、服や雑貨を売る」
 子育て仲間の上田静香さんと小川由紀さんは、そんな思いで豊前市南部の山あいにセレクトショップ「yamano-ouchi」を2016年に開いた。

 古民家を改修した店舗は、太い柱や梁(はり)がよく見える日本建築。土間や座敷、縁側がそのまま商品の陳列場になっている。服や食器、雑貨など、自分たちがかわいいと思ったものを並べる。


天井裏にも雑貨が並ぶ店内で笑顔の上田さん(左)と階下の小川さん

 仏間にカーテンを引いて試着室にするなどの工夫も人気だ。窓の外には水田が広がっている。和室に腰を下ろし、「田舎の親戚の家に来たみたい」とゆっくりしていく人もいる。

 上田さんは北九州市、小川さんは福岡県苅田町の出身で、ともに結婚を機に豊前市民に。市内におしゃれな店が少ないことが悩みだった上田さんは、韓国好きの小川さんが土産に買ってくる遊び心のある意匠の子供服を見て、「だったら自分たちが店を作ろう」と思い立った。北九州市で建築会社を営む妹夫婦が資金を提供してくれた。


窓の外にのどかな風景が広がる

 「新築よりコストが低い」と豊前市の空き家バンクを活用し、趣のある民家を見つけて即決した。開店から5年がたち、市内では今、UターンやIターン者らがこだわりの家具や雑貨などの店を次々と開いている。

 「豊前は、おしゃれな店が多いのね」と市外からのお客さんに声をかけられることが増えた。2人は「そうでしょ、そうでしょ」とうなずき、「巡ってみたら楽しいですよ」と勧めるそうだ。



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