日本の「ドール」を世界へ~人形師・中村弘峰さんインタビュー~

記事 INDEX

  • 伝統の世界に個性と新風
  • 桃太郎を現代に置き換えると…
  • 人形の「美」を世界に訴える

 新しい年がスタートしました。福岡市中央区の人形師・中村弘峰さんは、個性的な博多人形を次々と発表し、伝統の世界に新風を吹き込んでいます。きらびやかな衣装をまとったスポーツ選手や動物など、ほかの博多人形には見られない作風は、人形と正面から向き合い、自分なりの考えを追求してたどり着いた答えなのだそうです。中村さんは若い感性で、人形の「美」を世界に訴えようとしています。人形作りに対する情熱、世界にかける思いを聞きました。

子どもの頃から夢は人形師


のれんがかかる工房の入り口

 中村さんは福岡市中央区桜坂の老舗工房「中村人形」の4代目です。父はローマ教皇に作品を献上するなど世界的に活躍している中村信喬さん。中村さんは、この3代目の弟子として、修業に励む日々を送っています。

 博多人形師の家に育った中村さんは、小さい頃から人形師になることが夢でした。大学で彫刻を専攻したのも、人形作りのためです。


中村弘峰さん

1986年、福岡市出身。2011年、東京芸大大学院美術研究科彫刻専攻修了。1年間の修業を経て、2012年に父・中村信喬さんに弟子入り。2013年に日本伝統工芸展新人賞、2014年に西部伝統工芸展日本工芸会賞、2017年には金沢・世界工芸トリエンナーレの公募展で優秀賞をそれぞれ受賞した。2児の父でもある。


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人の祈りを形にする仕事

 新進気鋭の若手人形師として注目される中村さんに、独自の作風が生まれたきっかけや、これから目指す道を聞きました。


人形作りについて語る中村さん

――スポーツ選手をモチーフにしたきっかけは?

 きっかけは、長男が誕生した2014年です。五月人形を作ろうと思い、どんなものにするか考えていたときにアイデアが浮かんできました。健やかな成長を願う人形だから、強く、たくましい憧れの象徴として、伝統的に桃太郎がモチーフになってきたんだと思います。そこで、桃太郎を現代に置き換えると何になるのかと考えたとき、誰もが憧れ、強さの象徴でもあるスポーツ選手が思い浮かびました。自分が依頼者で、制作者でもあったから、降りてきたアイデアでした。


真剣勝負のバッテリーとバッター(作品の写真はいずれも中村人形提供、マツモトカズオ撮影)


ヘルメットの下は伝統的な人形の顔

――個展も多く開いていると聞きました。海外への興味は?

 今まで東京の百貨店やギャラリーで個展を開きました。4回くらいですかね。海外の作品展への出品には興味を持っています。元々、留学に興味があったんですけど、タイミングを逃しちゃいましたからね(笑)。しかし、海外での人形の個展はハードルが高いと思います。

――それはなぜですか。

 人形を英訳すると「doll(ドール)」。欧米でドールというと子どもっぽいイメージがあり、美術品として見てくれない。「おもちゃ」として見られるんでしょうね。
 人形を美術品として扱ったり、大事に愛でたりする文化は日本独自のものだと思います。日本人は人形だけでなく、写真やぬいぐるみなど人が写った物、模した物を捨てるのに抵抗を感じる人が多いでしょ?また、大人でもメールでは絵文字を、LINEではスタンプをよく使う。そういうものに感情を乗せて表現するのは、象形物に対して敬意や親近感を持っている証拠だと思うんですよね。


今にもボールを蹴り出しそうなサッカー選手

――なるほど。自分もアニメのフィギュアが好きなので、腑に落ちます。しかし、日本の美術館にも人形を展示している所は少ない気がします。

 彫刻などはあちこちで展示していますが、一転して人形は、美術の世界では下に見られがちなんです。それが不本意で、あれこれ考えているうちに「人形ってなんだっけ?」となってしまいました。
 そこで、家に代々伝わる「人の祈りを形にする仕事が人形師」という金言を思い出しました。込める祈りは時代によって変わる。だったら、込める祈りにふさわしい人形を作ろう。強いもの、憧れの象徴を現代に置き換えたら、と考えると、スポーツ選手というイメージはすぐに出てきました。


的を狙う目が印象的なアーチェリー選手


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